3月23日14年今日の糧

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「疵(きず)と絆(きずな)」
                 出エジプト記2章1-10節 
権力者にとって「娘」は有力な「道具」で、臣下や軍人に報償として与え、外国の王族に嫁がせることで王権の拡張と安定をはかることができる、大きな価値を持っていました。
モーセが生まれた時代のファラオ(ラメセス二世)に多くの妻や百人余の子供がいたことは、彼の権勢と深い関係があります。この背景からすると、ファラオの娘が他人の子を、まして奴隷の子を養子にするなどありえないことです。
あるユダヤ人注解者は、「王女は川の中におり、侍女達は川岸にいた」(5節)に、この謎を解く鍵があると言っています。じっさい侍女達がどこにいようがどうでも良いことですが、あえて記したのは、王女の身体に何らかの持病か疵があって、侍女達がそれを見ることをはばかったことを暗示しているのだと考えます。だとすれば、もはやファラオの目論見からはずれた無用の彼女が、養子をとった理由の説明がつきます。しかしなぜ「ヘブライ人(奴隷)の子」なのでしょうか。
「ふびん」(6節)という語は、ヘブライ語聖書でまれにしか使われないハーマルと言う動詞で、辞書(HALOT)では”Have Compassion”とあります。Compassionとは「苦しみと結びつく、共有する」という意味です。王女は捨てられた奴隷の子の運命を、自分の人生に重ね合わせ、誰も顧みないその子を慈しみ育てることで、彼女なりに自分の生きる意味と価値を取り戻そうとしたのかもしれません。
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by hiraoka-joyful | 2014-03-23 16:25 | トピックス  

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