8月10日14年今日の糧

イエスのもとに
マルコ6章53-56

弟子達の挫折と疲労
ゲネサレトに着岸した弟子たちの状況は 
①向かい風に疲れ果てた。
②今まで見たこともないイエスにとまどう。
③舟を操れなかった悔しさがあった

そこに群衆が押し寄せる
それはイエスの評判が高くなっていたから
①数々の癒しの出来事によって
②弟子すらも力ある業をする。(マルコ6:12、13 )ことで
③パンと魚の奇跡が人々を引きつけた。

ゲネサレトの環境は
カペナウムの南、人々が密集し 肥沃な平地だった。
自然に恵まれた、多くの特産品がある地方都市。
ゲネサレトの人々は
家族愛、隣人愛が豊だった。
なぜならイエスを信頼する。 苦しむ者のために労するから。
比)マル2:3-5四人の男が中風の人を運んで来た。
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触れた者は皆いやされた。
「ゾーエー」=「癒された」と「救われた」という二つの意味。 
神の愛、神の栄光が顕れるある一点=信仰に起こる。
比)マルコ5章21-34
イエスの元に来ることは、
信仰と、神の国の命を宿す種です。
イエスが行う癒しの目的は何か
①「イエスは父なる神から遣わされた真の救い主」 だと知らせる。 (ヨハネ5:36 )
②イエスに近づかせる。(ヨハネ3:2)
③信仰の欠けた人々のために、奇跡はない。(マルコ6:5、6)

弟子達のイエス像はどのようなものだったか
奇跡を行うイエスをスーパーマンのようにとらえた。
それはイエスの中に幻の像を見ていた。
けれどイエスの十字架の姿に絶望した。
イエスを知らないと全否定した。
そしてイエスの元から去っていった。

復活の後に
イエスは本来の姿を弟子たちにをあらわし、救いの業を委託する。
イエスの本質は究極の愛。小さな信仰を喜ぶ神だ。
委託された使徒たちの働き①ペテロの場合(使徒 5:15、16 )
②パウロの場合。(使徒19:11、12 )
教会への委託
神の愛を完全に受け止める者に、 もはや「奇跡の証」は必要ない。( 一コリ13:8
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by hiraoka-joyful | 2014-08-10 14:12 | トピックス  

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