10月19日14年今日の糧

マルコ8:22-26
見えてきた景色
マルコ7:31~37と対になっている癒しの話
①イエスのもとに連れてきた人々がいる。
②癒される人が外に連れ出されている。
③イエスが手を触れ、唾を用いる。
④癒しに時間がかかっている。
イエスは何度も呻き、働きかけ、癒す
肉体的に聞こえても神の言葉が聞こえないもの 
肉体的に見えていても 神の業が見えないもの を回復する(イザヤ35:5) 
            
イエスは、人々の目の前で癒しをしてない。
①盲人の注意をイエスに向けさせる。
②目に唾をかけイエスに集中させる。
イエスは彼と一人対一人で出会い、彼の苦しみに触れる。
福音書記者が見つめるイエスの癒し。
①直接手を触れてなされる場合。
イエスが、具体的な問題の中に触れて私たちを救う。
②言葉だけでなされる場合。
聖書を読む中で、イエスの救いに与る。       

盲人は目を上げ、イエスを見る。
その言葉は7:34、6:41 と同じ。そこには天に祈る思いがある。
そして盲人はイエスの深み=神の真の愛を見た。(一コリ2:9 、10 )
ベトサイダで
彼は闇の中で、物乞いをし、絶望の中で生きていた。
イエスに出会い
彼は自分の家、家族のもとに自分の隣人へ希望をもって遣わされる。
イエスとの出会いによって
私たちは真の神様の恵みと守りを見る。(単に安心安全を得る信心ではない。)
①その恵みは、命を掛けた身代わりの愛。
②その守りは、永遠にともに歩む愛。
共に見、共に喜ぶため、教会でとりなしの祈りがある。
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by hiraoka-joyful | 2014-10-19 18:13 | トピックス  

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