11月23日14年今日の糧

苦難の約束
マルコ9章9-13
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山を下りてくる途中でイエスは口止めする。
「今見たこと」=山の上で起こったこと。~何故か。
山上の変貌は復活における栄光の先取りだから。
弟子らは、イエスの苦難と復活を目撃して、聖霊が注がれた後、その意味を知る。
それまでは「心に留めて」=固く心に留め、守る。
復活~常識を超えた異物。
弟子の心に「ざわつき」が生まれる。問いが生まれる。

エリヤの再来についての問い(マラキ3:19―24)
エリヤの使命=裁きを逃れる道筋をつける
それは神と人との関係を回復するための働きだ。
律法学者たちの主張。
「エリヤはまだ再び来ていない。だからイエス≠メシア。」
しかしイエスは伝える「エリヤは既に来た 」
それはバプテスマのヨハネだ。
彼は人々に悔い改めを求めた。メシアであるイエスの備えをした。
そしてヨハネは殺された。
それは律法学者のメシア像=敵に勝利し、栄光の神が支配する。とは異なっている。

イエスが伝えるメシア。
イザヤ書第53章「苦難の僕」。
イエスはその姿に、自分の苦難の姿を投影する。
自らが苦しみを重ね、辱めを受けるメシア。
バプテスマのヨハネとイエス
キリスト者はこの二重の苦しみによって贖われた。
これが、教会がもつ信仰の根幹。
イエスは苦しみを重ね、辱めを受け、十字架につけられて死んだ。
神と人に全く捨てられた死の苦しみに勝って復活した。
それは全て、私たちを罪から救う為。神の命に生かす為。
この信仰告白の中にイエスは、姿をあらわす。
そこにキリスト者の慰めと支えと希望がある。
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by hiraoka-joyful | 2014-11-23 13:59 | トピックス  

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