1月4日15年新年礼拝今日の糧

十字架のイエスを受け入れる
マルコ9章30-37節
ガリラヤからエルサレム(十字架)への道で
イエスは奇跡の業よりも 弟子に最期の教えを繰り返す。
それは、自身の受難を伝え続けることだ。マルコでも
十字架の出来事はどのように起きるか (8:31)
十字架とは、何を意味するのか(9:31)を伝えた。
しかし弟子達はイエスの教えの意味を確かめるのを怖れた。
①何を弟子たちは怖れたか。
イエスに対して持っている期待が、崩れるのを怖れた。
②彼らは何を期待していたか
イエスについて行き、人々に偉人と考えられること。
③弟子たちとイエスの間に距離が出来ていた。
④イエスは自分の周りに弟子らを呼び寄せる。
「人よりも先になろうとすること自体をやめる」と伝えた
それを一人の子どもの姿を通して教える。
  ①なぜ、子どもがこの場所にいるのか
  イエスの恵みに与る(った)ため。
②その子どもは、どのような子どもなのか。
   彼らにとって益にならない人。
その人に仕えること。それは、
「イエスのみ名のために」~救いの業のため
① 神様が私たちの罪を赦して下さった。
② 新しい命の約束を与えて下さった。
そこに立ち戻る
①イエスの苦しみと死は、私たち全てのため。
②神様の決意があった。(ローマ8:32 )
イエスの十字架と復活の意味。
その目に見えるしるし(教会に与えられた働き)は
バプテスマ式と主の晩餐式である。            
主の晩餐式
①イエスの救いの業を心に刻む。
②お互いを受け入れ合い、支え合う。
ここに人間としての本当の尊厳が生まれる。
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by hiraoka-joyful | 2015-01-04 13:13 | トピックス  

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