5月17日15年今日の糧

今日の礼拝はY執事の宣教でした。今日はケニアから学びに来られているAさんのお別れ会もありました。
牧師は東京の花小金井教会へ出席しました。

詩篇1編 1-3
豊かな水のほとりの幸福
 幸と福
幸せになるのは誰かをこの詩は歌っています。
むかし北海道に幸福駅と言うのがありました。実は聖書の幸いは、幸福と言う意味に近いのです。
幸と福はどちらも良い言葉ですが、少しだけ意味が違っています。

漢字辞典で「福」と言う字を引くと、左側の「示す」偏は、神様を祭る棚、つまり祭壇のことで、右側の作りは酒壺を表すのだそうです。これは御神酒(おみき)のことで、転じて「神が与える幸い」という意味になったそうです。

それに対して「幸」という字は「手かせ」を表す象形文字で、つかまって手錠をされたのだけれども、死刑にならないよりはましだ、だから良かったという意味です。
災いからの守りや救いが幸で、神が与えてくださる恵みが福です。
聖書ではその幸福が神の言葉を大切にする人に与えられると言っています。この詩の水路のそば、そこは木にとって一番良い場所です。誰でも自分の人生の歩みに置いて、よい地点に根を張りたいと考えます。幸福に生きたいと考えます。そのポイントから外れないようにしたいと願って努力します。けれど、何かの事情で少しでもそこから外れてしまうと、私たちの心はあっという間に不安や不満で満たされてゆきます。
しかし私たちの一番良い場所が、
主の言葉を愛して、味わい、私たちの生涯の中であらわそうとする。その場所にあるとどうでしょうか?
聖書を読み、味わえば味わうほど、
私たちの生涯の中で神の言葉が実現した恵みと神の守りを数えれば数えるほど、私たちの心に、感謝、嬉しい、喜びが生まれるのです。
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by hiraoka-joyful | 2015-05-17 21:45 | トピックス  

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