9月27日15年今日の糧

何でも出来る神が行ったこと
マルコ14章32-42節



イエスと弟子の最後の時間が過ぎてゆく。
1)過ぎ越しの晩餐では、イエスは弟子達に覚えて欲しい言葉を告げた。
2)ゲッセマネの園では彼らに受け取って欲しい祈りを渡す。

イエスは何時も祈ってきた。
1)宣教活動の中で(マルコ1:35)
2)パンを増やす奇跡の後で(マルコ6:45、46 )
3)十字架の前に
この祈りをする時、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、はイエスに伴なった。
イエスは彼らに「ここを離れず、目を覚ましていなさい」と伝える。
そしてイエスは「うなだれる」(詩編42:2)のように。
絶望的な状況の中での渇き。神なき者のように見なされる屈辱がある。
しかし父に語りかける信仰だけがそこにある。

この祈りの中で、イエスは人間に神の名を明らかにした。
モーセに示された「存在する」方としての名前ではなく、
イエスが明らかにした「アッバ 父」となった方の名前だ。
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イエスは伝える。
真実な神が与えて下さった聖霊の働きによって、弟子達の目に、耳にイエスの「アッバ、父よ」と呼ぶ、祈りの言葉が刻みつけられる。彼らの身体がイエスの祈りに包まれる。それは、自分達の力や熱心ではない。イエスの祈りが私達の中に「アッバ父」と、真実な神へ向かう信仰を生みだす

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by hiraoka-joyful | 2015-09-27 14:37 | トピックス  

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