6月24日16年今日の糧

善い音信を語り続ける喜び
テサロニケ手紙Ⅰ2章1-5節


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真実な神は、 私たちの外面ではなく心の中を吟味し、秤や物差しの検査をするように試し、テストします。もし秤や物差しの大きさがまちまちならば、社会は混乱します。秤や、物差しで最も大切なのは、正しくあるということです。
 イエス・キリストの福音を委ねるとき、真実な神が選ぶ基準もその一点だけです。福音に混ぜ物をせず、自分の恣意を入れずにまっすぐに語るのです。神の独り子、イエス・キリストが、人の全ての罪を背負って十字架にかかって死んで下さり、罪を赦して下さったこと。そして父なる神がイエスを復活させ、死に勝利する新しい命の恵みをイエス・キリストを信じるすべての人に与えること。このことをまっすぐ語るものが神に福音を委ねられます。大人や子ども、教会生活の長さ短さ、社会的地位、男女、そのどれも神の条件ではありません。ただ福音を、神が与えた善き音信をそのまま語るものが、神に喜ばれるのです。そのように語られた福音は聞く人々の中にまことの慰め、励まし、勧めとなります。人に喜ばれるためではなく、神に喜んでいただくために聖書の言葉が語られる時に、その言葉は、聞くものを本当に慰め、励まし、勧めを与える「善い音信」になるのです。今ここにもパウロの時代2000年ほど前から、善き音信のバトンが真実な伝道者たちによって次々に渡されながら、届けられているのです。


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by hiraoka-joyful | 2016-06-26 15:45 | トピックス  

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