8月21日16年今日の糧

待ちわびて会いに行く

テサロニケ手紙Ⅰ4章13-18節 

死は、私たちの人生を最も具体的に、また最も強烈に脅かすものです。そして私たちの誰もが必ずそれを経験しなければならない、最も確実なことです。イエス・キリストを信じて生きる者の生活は、その死に目を塞ぎ、見ないようにするところに成り立ちません。その死をしっかり見据えつつ、なおそこで神の恵みの中を喜んで生きる生活です。

パウロが伝えている再臨=福音の完成(希望の完成)は私たちがジャンプして手を伸ばして漸く空中に出かけていって再臨のイエスに出会うということではない。むしろ待ちわびて会いに来るのは、イエス・キリストの方です。先週お伝えした、待ちわびて出迎えた父の姿、それが再臨のイエスのすがたです。その日を迎えるために、助け手である聖霊の神が、今は私達と共にいて下さるのです。

そのような中で私たちは、「イエスが死んで復活されたと信じる。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出す。」という信仰の言葉によってお互いに励まし合います。それは「気合いだ」と叫んで叱咤激励するのではありません。いたずらに悲しみを薄めるのでもありません。私たちの苦しみもため息も、嘆きも呻きも涙もイエス・キリストが受け止める。私たちがズタボロになっていてもイエスが出迎えて抱擁し接吻する。この希望をもって慰め合うのです。

 

イエス様が用意してる場所
BY A&S
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by hiraoka-joyful | 2016-08-21 14:36 | トピックス  

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