3月5日17年今日の糧

借金を帳消しにする方

マタイ182135

ペトロは赦せない自分をよく知っていました。だからどのくらいだったら赦さなくても良いのかとイエスに聞きたかったのです。

  実はペトロがイエスにこのような質問をしたのは、その前にイエスが弟子達にこう伝えたからです。

18:19 また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。

イエスはここで心を一つにして、と弟子達に語りかけました。共に集まり、共に賛美し、共に祈り、共に感謝を捧げる。それはまさにイエスがその中に居られる礼拝です。イエスはこの大切な事柄を弟子達に伝えます。その時、ペトロの中に、仲間の弟子達と心を一つにするのは難しいという思いが湧き上がったのです。ですからペトロはどのくらいだったら赦さなくても良いのかと、イエスが伝えたかった事とは正反対のことを聞いたのです。その時イエスはたとえ話をしました。イエスは譬の中で、仲間に憐れみを持たないで最後に監獄の役人に引き渡された奴隷のことを伝えています。彼は負債を返すまで拷問をうけるのです。それは仲間を赦しきれないペトロの姿でしょうか。私たちの姿でしょうか。

いいえ、私たちは実際にこの拷問を受けた方が誰だったかをしっています。鞭を打たれ十字架にかかった方が誰だったかを知っています。最後まで人を愛した方が誰だったか。人を赦しきった方が誰だったか。それはイエス・キリストです。この譬の中で、仲間を何度赦せばいいのかという問いの答えは数ではないのです。アガペーの愛で人を愛し、人を赦したイエス・キリストそれが私たちへの答えなのです。

イエスから私たちに委ねられているのは緩めるということです。聖書では鍵を解くとあらわしています。人を赦さず、自分の内に鍵をかけ誰にも心の内を明らかに出来なくなる。それは私たちを孤独にし、虚しくさせます。それを緩めてゆく。その緩めたところにイエス・キリストが入って下さるのです。そして赦しそのもののイエス・キリストが私たちの思いを同じ心へとして下さるのです。


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春を喜ぶちらし寿司


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by hiraoka-joyful | 2017-03-05 13:45 | トピックス  

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