3月19日17年今日の糧

乙女達は抗議する

マタイ25章1~12

 

イエス・キリストがいつ来られるのか、キリスト者といえども知りません。だから、私たちはイエス・キリストがいつ来られても、神と人に喜ばれる生き方をしたいとねがっています。そしてイエス・キリストが再び来られた時、「忠実な者だったね」と声をかけてもらえるように願います。

  しかし、私たちはまた私たちの日々の生き様が不完全である事を知っています。そのような私たちはこの物語の賢い乙女よりも寧ろこの愚かな乙女の方に同情し、この物語にやりきれなさを感じるのではないでしょうか。ですから、愚かだと言われている乙女達の言い分も聞いてみましょう。

1)「花婿の到着が、皆が思っていたよりも遅かった」

2)居眠りし、眠っていたのは10人全部だ

3)他の5人が油を分けてくれなかった。

そのことに上手に対処出来なった事が愚かなのでしょうか?いえ娘達の愚かさの背景は、花嫁への友愛や信頼の薄さです。乙女達は誰に相談するべきだったか、それは花嫁です。なぜなら油は花嫁側が用意した油だからです。

もしこの愚かな乙女達に油がなくても、店に買いに走らずに花嫁と共に、他の乙女達が花婿を連れてくるのを持って、花嫁と共に婚礼の部屋に出かけたなら、彼女達も又喜びの時を一緒に過ごせるのです。なぜなら花嫁も花婿もそれを望んでいるのですから。

5人の娘の思慮深さ、賢さの背景は、花嫁の事をとても大切に思い、花婿を連れてくることを第一にしたことです。この花嫁は既に主の元に召されたキリスト者の群れ天に属する教会です。彼等が私たちに託した油、それは約2000年前に召された聖徒達が記した聖書。そして信仰を全うしたキリスト者の歴史、またかつて私たちのすぐ側にいたキリスト者の家族や友人達の姿です。その全てのものが、今を生きる地域教会のキリスト者に指し示していることは、真実なその神は独り子を与えるほどに私たちを愛して、私たちを家族として迎えるかただと言うことです。

 その事実の前に真摯に生きること。真実な神が私たちを召された地域教会で、真摯な教会生活を送ること。それこそイエスが伝える天の国の賢さなのです。そのようなキリスト者の姿は松明のように輝きます。「そこに光がある」とどの人が見て分かるものです。

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抜群の 麺の堅さはプロ級です。


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by hiraoka-joyful | 2017-03-19 13:40 | トピックス  

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