4月2日17年今日の糧

イエスの祈りの中で

マタイ26章36節〜46節

イエスは父なる神から渡された杯を飲み干すことに苦しみます。それは父と離れる杯です。日本で言うならば水杯です。愛するもの達が今生の別れをする時、飲み干す杯です。

イエスはなぜその杯から飲んだのか?

神から離れた〜神との親密な交わりから離れた。それが人の罪です。その私たちを真実な神の元に子として戻すために、イエスは自分が代わりに別れの杯を飲んだのです。イエスは父なる神を愛し抜いているにもかかわらず その父の元を離れねばならないのです。そしてその魂は死ぬほど苦しみます。

「おとうさん、おとうさん」と。弟子達はそのイエスの呻くような祈りの言葉を聞いていたでしょう。いいえこの祈りに包まれていました。 そうやって弟子たちは眠っていました。イエスの苦しみをしっかりと見つめていることが、彼らは全く出来ませんでした。

イエスの願いに弟子達は何一つ応えていません。しかし彼らは、イエスのそば近くにいることで、イエスが真実な神に「おとうさん」と語りかけた祈りに包まれているのです。彼らを包んだ祈りの言葉はやがて、イエスの十字架と復活の出来事を経て、弟子達や教会につながる人々の口に生まれてくるのです。

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そしていよいよ、時が来ます。イエスは彼らに

あなた方は起きよ(命) 

私たちは行こう  

見よ わたしを裏切っている者が 近づいた

と声を掛けます。そこにもはや悲しみにくれる様子はありません。地面にはいつくばるように呻いていたイエスは、しっかりと立ち、イエスを裏切る者の方向へ向かって行くのです。 このイエスの声によって、弟子はハッキリと目覚めます。そしてイエス・キリストの苦難の証人として、その姿を見つめてゆきます。それは、イエスが完全に仕える者となられた姿です。彼らはそこに神の国は到来することを見つめ続けます。そして私達にも福音書を通して証し続けているのです。

 

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うどんも蕎麦もつゆだく具沢山


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by hiraoka-joyful | 2017-04-02 13:34 | トピックス  

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