6月11日17年今日の糧

愛をお借りします

ローマ13810

「隣人を自分のように愛する」この誡めは、モーセが教え、イエス・キリストが明らかにしました。そしてパウロはこの手紙で強調して取り上げています。なぜ自分への愛が他者への愛の基準になるのでしょうか? それは誰でも自分を愛することを本能的に知っているからです。もちろん様々な状況の中で、人間が持っている自分を愛する力が失われ、自分に悪しきことを行う場合もあります。けれど、それは実は人の本質に反しているのです。言い換えれば、真実な神が与えた人間の本質の中に自分を愛する愛が、すでにあるのです。

では、それはどのような愛でしょうか?そのヒントは10節にあります。愛は隣人に悪を行いません。その言葉をこのように言い換えてみると、よく分かります。「私の愛は私に悪を行いません」。真実な神は、本来人が自分自身を傷つけるようにしていないのです。

しかし他者を愛することは、本能の中にありません。それは互いの関係性の中で育てられるものです。しかし残念なことに私たちは、それを育むことが大変下手なのです。

  神が与えた誡め=律法は 隣人に悪を行わないことです。そして私達が、まず神が私達に与えた本来の力、自分を愛する力、自分を大切にする力を用いて他者に接するときに、ただ隣人に悪を行わないだけでなく、隣人を助け、隣人を活かすことが出来るのです。

私たちは、私たちの隣人が能力をもつから愛するのではありません。私たちの隣人が、私たちにあれこれしてくれたから愛するのでもありません。私たちは神がその手で造り上げた者たちです。だから私たちは自分の体を大切にするし、自分を愛します。同様に私たちは神を愛するから、そして私を愛するから、神が造られた私の隣人をも愛するのです。

そしてキリスト者には、この生身の体と別にもう一つの体が神から与えられています。生身の体は、どれほど大切にしてもやがて朽ち果てていきますが、もう一つの体は、朽ち果てることはありません。その体は教会です。イエス・キリストがその命をもって贖い、奴隷状態から解放した一人一人の集まり、自分とイエスの体である教会を私たちは特別に愛するのです。

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今日はウガンダからお客様が来られました。

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           ウガンダのルーとハヤシライスです。

          美味しかった


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by hiraoka-joyful | 2017-06-11 13:56 | トピックス  

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