9月3日17年今日の糧

唐様で書く3代目

士師記2章6~12節、18

聖書の民イスラエルがカナンに移住したとき、荒野をさ迷った40年の間に、主なる神を信じる信仰の基本的な礼拝様式、祭儀や慣習、教えは整えられていました。

しかしそれは完成してはいませんでした。彼等には、カナンの地で数世紀をかけてその地に定着しようと命がけで戦い過ごした日々がありました。それが士師の時代です。その時代イスラエルの民には分裂や堕落がありました。また外敵の宗教と融合させるカナンの人々からの圧力がありました。それでも、主なる神が共におられることを知る経験を積み、イスラエルの信仰が堅固になって来た奇跡のような日々でした。それは今から3300年程前の事です。

 ヨシュアの時代はカナンの地に住んでいた他の民族との争い、土地の争奪戦をしていた時代でした。そのように移住して行ったカナンの土地で、彼等はさすらいの半遊牧民族から土地に定住してゆく農耕民族へと変化してゆきます。

 その転換期に、自分達を導いてくださる神に信頼し、40年間真実な神を求め、神の言葉を頂き礼拝していたイスラエルの民に変化が起きます。民がカナンの地に定住し、収穫が与えられるようになりました。その中で純粋に無垢な気持ちで神を信じ歩んでいた荒野での気持ちが失われてしまいます。

士師記では、イスラエルの各部族が自力で周辺の先住者と戦い、苦労して定住地を獲得しなければならなかったと記しています。とりわけ周辺地域をあてがわれた弱小部族にとってそれは過酷でした。ですからイスラエルの民には収穫や土地こそが大事になりました。主なる神よりも土地の神、豊饒の神に心が引かれるようになったのです。

それゆえ、神は新しい世代に、神を信頼する訓練として試練を与え、学ばせます。このことは神の愛による教育的配慮であり、神の民としての成長に必要だったと聖書は伝えます。

民一人一人が、主なる神に出会ってゆく。それを手助けするのが、主なる神によって起こされた士師でした。それは12名の個性豊かな人々です。

中には眉をひそめたくなるような無法者もいます。けれども全ての士師に言える事は、主なる神がその人々を起こされ、彼等の生涯と共に働かれたことです。その目的はたった一つです。悪にながされ、真実な神をないがしろにする聖書の民に試練を与え、民が再び主なる神に目を向けるためです。

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皆で楽しく食べました。


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by hiraoka-joyful | 2017-09-03 13:52 | トピックス  

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