9月10日17年今日の糧

主なる神はここにいる

士師記6章11節~18節

聖書の民イスラエルは主なる神の憐れみによって救い出されたことを忘れました。そして互いの間における憐れみをも忘れたのです。しかし、主なる神は忍耐強い教師です。主なる神は厳しい方法で彼等を教え直します。もう一度弱く、踏みにじられる立場に彼らを置かれたのです。

  遊牧民であるミディアン人や、同じく遊牧民であるアマレク人が大挙して襲来し、食べ物を奪い去り、イスラエルの土地を荒らしました。そのようにして、イスラエルは貧しく弱くなっていきました。こうして神は新しい世代に、神を信頼する訓練として試練を与え、学ばせます。それはこの言葉から始まります。「イスラエルの人々は主に助けを求めて叫んだ」(6:6)。

 主は彼らを救うために、その時一人名もない人を選ばれました。速やかに人知れず、神の業は行われました。その人こそギデオンです。

彼は、主なる神に不満を持つ者でした。彼は自分の小さいことを知り、劣等感がある人でした。勇者とはほど遠い若者です。しかし神は敢えてこの青年を選びました。それはなぜでしょう。

神がギデオンという人を選んだ理由はただ一つです。

それは、彼を通して、主なる神は共にいてくださる方だという真実を、聖書の民が学ぶためです。また主なる神は、彼が勇士として立ってゆく事を確信するために、ずっと待っていました。

 ギデオンは主の前に、ひとつの印を願います。そしてそのために捧げものを取りに戻ります。それを取りに帰る時、主なる神は「あなたが帰って来るまでここにいる(座っている)と約束されます。これこそ私たちが週ごとに行う礼拝の雛形と言えます。

主なる神に派遣された私たちが自分の生活の場に戻ってゆく。そこは時に強い者が弱い者を虐げ、神の愛や、神の平和を否定する世界です。そこで、私たちはいろいろな問題にぶつかります。時に主なる神の助けを見つけ出します。時に、助けを見出せずがっかりします。

 ギデオンのように神がいるなら印をくれと、願う私たちです。そのような私たちが、戻ってくるのを主なる神は待っているのです。感謝を携えここに戻って来る者。苦しみ重荷を背負ったままで、ここに戻って来る者。疑い迷いながらも、ここに戻ってくる者。全ての方に主なる神は伝えます。

「あなたが帰って来るまでここに座っている」

私たちを待っている方がいる。それは本当にありがたい事です。ハレルヤ


d0224356_13503470.jpg
賛美をする日高ルツ宣教師

               

d0224356_13505101.jpg
      秋の味覚でしょうか


[PR]

by hiraoka-joyful | 2017-09-10 13:53 | トピックス  

<< 9月17日17年今日の糧 9月10日の礼拝お知らせ >>