カテゴリ:トピックス( 290 )

 

1月21日18年今日の糧

一番大事なのは命

マルコ316

イエスも安息日の礼拝に出席します。 そしてそこで神の国について語りました。 この日会堂に、片手の萎えた人がいました。そこに集まっていた人々は、イエスがこの人を見てどうするかに注目していました。なぜ注目していたか、それはこの頃イエスの弟子のグループで安息日の掟をきちんと守っていない、という批判が高まってきていたからです。イエスが安息日にこの人を癒して、掟破りをするかどうか見ていたのです。実はこの片手が萎えた人は、たまたまその会堂に居合わせたのではなくイエスを、待っていたという記事が、聖書に関した言い伝えをまとめた本に残っています。

ナザレ人 福音書

私は手をつかって働いて生活の糧を得ている石工でした。イエスよ、私の健康が回復し

卑しく食物を請わないでいいようにして下さい。

この人が切実に訴えている言葉を聞いていた人々は、イエスが掟を破るかどうか悪意を持って見つめていました。この人は、既に自分の尊厳が失われかけていると感じていました。この人がそれをイエスに訴えていたからこそ、イエスはこの人に安息日が終わるまで、数時間待てとは言わなかったのです。イエスは人々に安息日の大切な意味を伝えます。

1) 安息日は良きことをする日として与えられた。

2) 安息日は命のために与えられた。

イエスは片手の萎えた人に「手を伸ばしなさい」と宣言します。すると彼の手は元どおりになった。癒しの奇跡が行われたのです。このことによってイエスは、沈黙している彼らに、イエスが行う善を、命を救う働きを、はっきりと見せたのです。

本来なら、そこにいる人々はこのことを喜ぶはずです。しかしイエスを憎む者達は可笑しな行動をおこします。それは、以前は憎んでいた者達と手を組んで、イエスを殺害しようと企てたことです。今、彼等の敵は安息日にもかかわらず、片手が萎えた人を癒したイエスに代わりました。彼等にとってイエスは自分達の信条を脅かす者で、抹殺すべき敵に見立てたのです。安息日、彼らは礼拝の場から出て行きます。しかしイエスは、彼等の悪巧みを阻止しません。むしろ彼等がたくらんだ死を甘んじて受け、十字架の上で血を流しました。これこそがイエスによってあらわされたダイナマイトのような神の愛です。この愛で、人間の尊厳を失いかけていると感じていたこの片手の萎えた人を、礼拝の中心に立たせ、癒します。

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        餅いりそば暖まりました。


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by hiraoka-joyful | 2018-01-21 13:36 | トピックス  

1月14日18年今日の糧

天井が開くとそこに

マルコ2:1-12

カファルナウムはガリラヤ湖畔の町であり、主イエスの最初の弟子となったシモン・ペトロとアンデレ兄弟の家がありました。イエスが来られたことはすぐに知れ渡り、大勢の人々がこの家に集まって来ました。そのイエスの言葉を聞いた4人の男がいました。彼等は彼等の知っている中風の人を、どんなことがあってもイエスのもとに連れて行く決心をします。それは、彼等が

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさいというイエスの言葉を聞いたとき、それは緊急事態と受け止めたからです。

緊急事態だから、群衆で閉ざされた事で、イエスに会うことを諦めず、屋根を壊して病人を主イエスの前に吊り下げました。

イエスは彼等の行動、その思いの一部始終を見ていました。そして彼等の必死な行動が、イエスの言葉に応えた信頼であることも解っていました。

彼等を見ていたイエスが彼等の信仰に応えた2つのことがあると考えます。

1)ペトロの姑の家の屋根を剥がさせ、破らせた。

  不可能の中での彼等の無鉄砲ともいえる行動を見守り、堅い土屋根を剥がさせ、破らせたのはイエスです。

2)中風の人に彼の罪を赦す宣言をする。

 子よ あなたの罪は赦された

  罪が赦された。この宣言によって、彼は真実な神の前から遠くにあった罪人という存在から、罪を赦されいつでも神を礼拝する存在になったのです。

イエスがなしたこの出来事は、ただイエスの癒しを求めていた人々の願いを、イエスを批判するために来た者達の考えを遙かに超え、自分中のからを破り、神を賛美する信仰者の群れを生み出して行きました。イエスに同胞を連れてゆくために、屋根に穴を開けること。この常識破りの行為を、イエスは喜び、一人の罪ある男の全てを回復させます。

そこにいた者皆、イエスが伝える神の国に共に入ったのです。

神の国はイエスの言葉のために解放された場所にありました。

神の国には信仰を持ってイエスを求め、人をその場所に運ぶ者達がいました。

神の国には、イエスの救いを必要とする人のために、人々の寛容な心、延ばされた手、見守る眼差しがありました。

神の国には、イエスの「子よ、あなたの罪は赦された」という宣言があるのです。

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         協力牧師作、模型

              

                

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        煮込まれたハヤシ


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by hiraoka-joyful | 2018-01-14 13:23 | トピックス  

1月7日18年新年礼拝今日の糧

神の子とされためでたさ

マルコ1115


真実な神は、イエスを子と呼びました。「神が愛し続ける子、神が喜びを得る子」。と神は宣言します。この聖霊が下った様子は、全ての福音書に記されています。ただしこの時初めてイエスに聖霊が下ったのでもなく、この時初めて神の子と呼ばれたのでもありません。人々の目にはっきり見えたのが、このバプテスマの瞬間でした。青年イエスの姿と鳩のように下ってくる聖霊、天から響く声を一番間近で見て、聞いたのはバプテスマのヨハネです。その時彼は自分が待ち望んでいた人、聖霊で人々にバプテスマを施し、人々を根本から変える力ある方に出会ったことを悟ります。だからこそ当時この国で人々を苦しめ、悪しき事が横行する元凶であったヘロデ王の罪を断罪するのです。

それから聖霊はバプテスマを受けたばかりのイエスをヨルダン川から外に投げるように追い出します。イエスが向かわされたのは荒野でした。そこは人里離れた場所、寂しい所です。それが、バプテスマを受けることによって全ての人と連帯する決意を露わにされたイエスに、まず主なる神がさせたことです。イエスはそこに40日留まりました。この荒野でイエスが経験したのは2つのことです。

1) サタンから誘惑を受ける。 

2) 野獣が共にいて天使達が仕える

愛する我が子を守る神の愛によって、イエスは孤独ではなかったのです。そしてイエスはこの試練を通して、イエス・キリストを信じ神の子とされた者が試練に遭ったとき、荒野のような場所に追いやられた時、どのような事が起きるかを具体的にあらわされました。イエス・キリストを信じる者は誘惑の中に潜む罠に陥らない。イエス・キリストを信じる者は具体的な助けが与えられる。神が造った自然がイエス・キリストを信じる者を慰めることです。

 イエスは神の福音(良い音信)をガリラヤで述べ伝え始めます。

マルコは良い音信についてこう伝えるのです。

良いおとずれは聖書(旧約聖書)から始まる。

良いおとずれは、それを伝える者によって持ち運ばれる。

良いおとずれはイエスそのものであり、イエスがあらわす神の愛そのものです。

それが、ここから、イエスの宣言からスタートしたのです。

イエスが伝えた「悔い改めよ」の命令から始まること。イエスが私たちの場所に来て下さり、イエスが私たちの誘惑と戦って下さり、イエスが私たちを神の大路へ戻してくださる。私たちはそのイエスの力によって悔い改めて生きるのです。神の国は近づいたという宣言は、イエスが私たちの荒野を共に生きてくださり、そこが私たちの神の国となるめでたい音信なのです。

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厚岸産のアサリはひと味違いました。


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by hiraoka-joyful | 2018-01-07 13:44 | トピックス  

12月31日17年今日の糧

よろこびを見つけた人々

ルカ22238

神殿にシメオンという人がいました。この人は主なる神が自分の国が救うことを、祈りながら待ち望んでいました。ある日神殿に一組の貧しい夫婦が赤ん坊のイエスを連れて来ました。

シメオンは赤ん坊の母マリアに、彼女の人生に苦しみ、歎きが起こると伝えます。マリアはこんな女性でした。イエスをおなかに宿して以来、たとえ天使が「恵まれた女よ。おめでとう」と宣言したとしても現実には、許嫁以外の子を宿したのでは、という噂につきまとわれた女性。子どもを旅先の家畜小屋で産まなければならなかった女性。乳飲み子を抱えて遠いエジプトで難民生活を強いられた女性。故郷で、貧しい請負大工の妻として、家族を支えた女性。夫が死に、残された子ども達と肩を寄せ合うように生きた女性。漸く成人した長男が、ある日家を出て帰ってこなくなった女性。それでもその息子イエスの事を大事に思い、ガリラヤからついていった女性。けれどその息子は捕らえられ、あっという間に死刑になって、それを目の前で見なければならなかった女性です。その時、彼女もまたその命が刺し貫かれ、イエスと共に死を味わうのです。そこに立っていたのは悲しみのあまり抜け殻のようになった名前も記されていない女性でした。しかし復活のイエスに出会った時から、彼女達の名前が戻されます。

そして聖書はその後のマリアの新しい人生を使徒行伝(新約聖書)でこう伝えています。

使徒1:14 彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。

ここにイエスが産まれる前、真実な神が約束したインマヌエルの聖霊が彼等に下るのです。その時人々の心にイエスの姿が甦ります。

 人々の心に、私やあなたの心にイエスの姿が甦るとき、私たちの心も貫かれます。だから、私たちは自分の罪を取り除いて、真実な神の子として下さいと願うのです。 その時イエス・キリストによってこの救いが与えられていることに気づき、自分の独り子イエスをこの世界に与えた神の愛に打ち震えます。そうして、神の救いが私たちの間に実現するのです。このことが、シメオンがイエスの両親に伝えた神の祝福です。

聖書は自分の独り子イエスをこの世界に与えた神の愛に打ち震えた信仰者の代表として一人の老いた寡婦アンナを描きます。イエスに出会った人々は貧しく、社会の中で顧みられない人々を支えます。真実な神が、彼女達にイエス・キリストを与えて下さった。それだけでなく、新しい家族を与えて下さったのです。

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HAVE A GOOD NEW YEAR


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by hiraoka-joyful | 2017-12-31 13:01 | トピックス  

2017年イブ礼拝の様子

2017年12月24日
平岡ジョイフルチャペルで行われたイブ礼拝の様子です。

牧師がヨハネ3章16節から「クリスマスに頂く宝物」というメッセージをしました。
また有志の方によるスライド絵本と朗読
大麻ベーネ・カルテットの皆様と本郷さんによるクリスマス特別演奏がありました。
礼拝後は愛餐会でした。
 素晴らしいクリスマスの時間が与えられたことを心から感謝しました。

 
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              輝くキャンドル
            
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              礼拝の様子
             
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             愛餐会

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by hiraoka-joyful | 2017-12-26 14:25 | トピックス  

12月24日17年今日の糧

悲しみを取り除く子ども

ルカ2114

救い主イエスの誕生をしらせるために神が最初に選ばれたのが羊飼いたちでした。この時期、国中の人が住民登録のために移動している中、その務めを行わない者達がいました。それが羊飼いです。羊飼いは定住地をもたない者達です。しかも仕事も安定していません。さらに危険を伴う仕事でした。羊飼いは社会的身分が低かっだけではありません。職業の性質上、安息日を守ることが出来なかった。また彼等は人の土地で勝手にその辺の水を飲み、実を食べるしかありませんでした。社会はそのことを容認する代わりに、羊飼いをものの数にいれませんでした。その地方は寒暖の差が激しいところです。闇が彼等を包んでいます。その闇に乗じて泥棒や野獣が襲ってくる。その恐れの中で、羊飼い達は闇の中にじっと目をこらしていたのです。

この人々に天使が告げているのは

1) 大きな喜びを羊飼いへ伝え託す。その大いなる喜びは民全体にも起きる。

2) 大いなる喜びとは、羊飼いとして今社会の中でものの数にも入らない、信用もされていない、野宿をするしかない人々のために救い主が産まれたこと。

ルカによる福音書が伝えているクリスマスは、誰のものでしょう。寒空の中震えながら休みなく働いてもなお貧しさの中にいる人達。社会的な地位が低いために信用されない人達。親が貧しいために、満足な教育を受けることが出来ない子ども。体が衰えているのにまだ働かなければならない老人。病になれば次の日の暮らしにも困る者達。そして自分の持つ苦しみを分かち合う人がいない者達。その人達のために主、キリストが産まれた事を伝えています。そして、その人達のために主・キリストが産まれた事を聞く者全てに大きな喜びが起きると伝えているのです。

羊飼いに伝えられた救い主、主キリストの徴は生まれたての赤ん坊を見ることでした。ベツレヘムでも何人かの赤ん坊がその夜産まれたかもしれません。けれどその赤ん坊が立派な宿屋や豪邸で産まれていたら、おそらく動物の糞尿で薄汚れた羊飼い達は門前払いを食らったでしょう。イエスが飼い葉桶に寝かされたのは、この羊飼い達を迎え入れるためでした。

羊飼い達はそれまで、神の救いから最も遠いと見なされていた人々です。そんな彼等が神からの言葉を聞いたとたん、待ちかねたように天の大軍勢が賛美します。

栄光 で いと高きところ 神に 

そして 上に 地の 平和 

 人々(神に出会ったひとりひとり)の中に 喜び
この賛美は今もイエスに出会う全ての人の人生に繰り返し鳴り響くのです。


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お昼は炊き込み
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         夜はクリスマス晩餐会


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by hiraoka-joyful | 2017-12-24 18:10 | トピックス  

12月17日17年今日の糧

よろこびを分かち合う幸せ

ルカ13945

 

イエス・キリストの生涯について伝える4つの福音書。

その中で、マタイとルカがクリスマスの物語を詳しく書いています。

赤ちゃんイエスが産まれたときのエピソード~クリスマスの物語は、なぜ教会の中で伝えられるようになったのでしょう。

その物語が記され始めたとき、イエス・キリストを信じる人々がエルサレムのユダヤ人にも、またギリシャ語を話す異邦人にもどんどん広がっていました。

と同時にキリスト者に対する風当たりは強くなり、迫害も次々に起きていました。

クリスマスの物語にはそのような苦しみの中にある人々、キリストの教会に伝えるメッセージがちりばめられているのです。


1)目に見える印がある

神の力が目に見える印として、すでに起きている。エリサベトはマリアに具体例を見せます。

信仰の先達者は神がいきて働く印を見せてくれるのです。

2)シャロームはイエスと共に

ルカは、聖霊に満たされるとは、インマヌエルの主イエスを受け止め、神のシャローム、平安に生きることだとキリスト者に告げています。

3)イエスの居場所に祝福が

この地上でイエス・キリストの居場所は、

イエスを自分の救い主として信仰をもって受け止めるキリスト者のなかだけにあるのです。

このイエスを通して神からの祝福を受けてゆきます。

4)キリストが来てくれた信仰

「どこから来たのか このことは わたしに」

ルカが記したこのエリサベトの告白は、キリスト者の告白です。私のようなものに、

イエス・キリストが出会うため来てくださった。それこそが喜び。

私の罪のために神の御子が生まれてくださったことが、生涯一番の感謝。

そのように告白し続けるものが一人でも、二人でも集う場所、そこが教会です。

そこにイエス・キリストが喜んでいて下さる。
5)喜びを分かち合う信仰

教会の中では、お互いに喜び合い、悲しみあい、励まし合い、祈り合うように導かれています。

二人の女性の事を記録したルカは、この二人の女性に、お互いの幸いを喜ばせている。

それは私たちが集う教会の姿です。教会は主なる神が自分達の生涯に働かれることを喜び合う人々の集まりとされるから。

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来週、クリスマスを教会で

            

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                暖かいうどん蕎麦


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by hiraoka-joyful | 2017-12-17 13:56 | トピックス  

12月10日17年今日の糧

サンタクロースって誰だろう

 ~ひそやかな思いやりの勧め

マタイ614

今日は、北星学園大学チャペルクワイアーの皆様がクリスマスの賛美を

届けに来てくれました。

そして日髙嘉彦協力牧師がメッセージでした。

「クリスマス」に活躍するサンタクロースの起源と、現在に生きているサンタクロースの精神についての話しでした。

サンタにまつわる問題

1そりを引くのはトナカイですが・・・トナカイってもともと何語?

A. 英語

B. フィンランド語

C. アイヌ語

実はCです。北海道の言葉です

2サンタクロースの元祖はどこの国の人?

A.アメリカ

B.フィンランド

C.オランダ

答えはBです。もとはニコラウスという司教が、貧しい家の娘が身売りをしないように金貨をその家に投げ込んだこと。これがサンタクロースのプレゼントの起源です。以前ヨーロッパでサンタは、よい子だけにプレゼントをしていましたが、よい子、悪い子関係なく、サンタがプレゼントをするようにったのはどこの国からでしょう。

A.アメリカ

B.フランス

C.トルコ

それは、A生産と消費の国アメリカ(USA)です。ここからクリスマス商戦が盛んになりました。

さいごにセントニコラウスが、彼の働きの基にした聖書の箇所をお伝えします。

6:3 施しをするときは、右の手のする ことを左の手に知らせてはならい。

6:4 あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる

マタイによる福音書61-4節(全ての人に自分を与えたイエス・キリストの言葉)

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来週はアドヴェント第3週です。


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by hiraoka-joyful | 2017-12-10 18:26 | トピックス  

12月3日17年今日の糧


よろこびと楽しみになる子ども


ルカ1525


今日からイエス・キリストの誕生祭・クリスマスを待ち望むアドヴェントが始まりました。この世に生まれた神の独り子イエス。その誕生日を待ち望む期間がアドヴェントです。アドヴェントは聖書から主なる神の言葉を聞き、祈りながら、心を整えていく時間です。ザカリアとエリサベツの物語はそれを伝えます。

ザカリアは祭司でした。彼の妻はエリサベトでした。彼らは夫婦そろって由緒正しい祭司の家系の出身でした。彼らには子供がありませんでした。それだけで、神の祝福が決定的に欠けていると世間も自分達も思ったのです。それは二人にとって長い年月、心の枷のようになりました。


ザカリアの属するアビヤ組が神殿の祭儀を行う当番だった時、ザカリアは大きな働きを引き当てます。それは神殿の聖所に入って香をたく務めでした。その務めをしているとき、ザカリアは、主なる神から思いがけない知らせを聞きました。妻が男の子を産む。しかも神によって名前が既に決められていました。ヨハネ=主は恵み深いという名です。この子どもの誕生によって、ザカリアが祈ったように多くのイスラエルの民が神に立ちかえります。 神の祝福を受ける民としてもう一度生きる者となるのです。同時にヨハネがその使命に入るまで、主なる神は年老いた二人に、子を持ち育てる喜びも与えたのです。けれど、ザカリアはそのことをすぐに受け入れられませんでした。神は全てのことが出来るという信仰の姿勢が失われていたのです。彼は話すことが出来なくなります。それは、ザカリアが神の言葉を信じなかった印でした。奉仕の期間が満ちて、ザカリアは自分の家に帰ります。ザカリアが家に帰るとエリサベトは身ごもったのですが、その間人目を避けて隠れるような生活を、神の人である祭司の夫婦が強いられたのです。


 その5ヶ月の間、二人はこれから神が自分たちに何をなさるつもりなのか、黙って神からの語りかけに耳を傾けていました。神殿での出来事から5ヶ月間、この時間を通して二人は自分達の最晩年に、主なる神が自分達を選んで、大切な役割をもつ子どもを託してくださったことに向き合います。そして

子どもがエリサベツトのおなかで動くようになる頃、彼等の準備は整い、子どもの誕生を大いに喜んだのです。


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  ザカリアとエリサベトとヨハネ

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ミートソースは具だくさんです。


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by hiraoka-joyful | 2017-12-03 13:46 | トピックス  

11月26日17年今日の糧

主なる神はあなたのボディガード

イザヤ52112

栄華を誇っていたバビロン帝国がペルシャに滅ぼされ、ペルシャの王は敗戦国の民への融和政策をとります。

そうやって捕囚になっていた民は、祖国へ帰ることを許されるのです。

いよいよ自分達の故郷を目指す民に、預言者達が再び主なる神の言葉を語る。

それは彼等に新しい生き方を伝える言葉です。

彼等は善い知らせを伝える使者になるのです。

では聖書が伝える善い知らせとはどのような知らせでしょう。

1.主が民の罪を赦す。

神の怒りの杯を、神ご自身が取り除いてくださった、これが良き知らせの始まりです。

2.主が民を聖める。

彼らはバビロニアに捕らえられ、ちりと泥にまみえながら働かなければなりませんでした。

それはまるで夫ある女性が、自分の意志ではなく他人のものになっていくような状況なのです。

主なる神自身が、彼女は自分のものだ、聖なる者として取り分けられた民だと宣言するのです。

彼等は神の赤子になった民です。神がその胎で・子宮で持ち運びながら、同時に育て上げる民です。

そうして、主なる神は彼等を主の祭司に育て上げるのです。

3無代価の贖い。

彼等は戦争に負けて他の人の所有物になりました。ですからそれは売買契約ではありませんでした。けれど戦争で失われた命の代価を、民は払わなければなりません。

 命を主なる神ご自身が支払って、民を買い戻す。

私たちキリストの教会に集う民は、その命を支払ってくださった方を知っています。

4.主なる神が民の王となる

主なる神が王となられる国は、民を虐げたり民に重荷を負わせたりしないのです。

この善い知らせを伝えるものは再び主の都で礼拝したいと、故郷を目指す全ての者達です。

50年という長い捕囚生活の中で、善い知らせを主なる神から聞いた全ての民です。

彼等を待つ者達は、そのボロボロの一団の中に主なる神の姿を見つけるのです。

そして主なる神は、腕まくりをして優秀なガードのように彼等を安全に導きます。

自分の身のうちに匿って、主なる神がその体を使って安全に平安に旅をさせるのです。

その中で彼等は、成長してゆくのです。

来週からはアドヴェントです。平和の主イエスが生まれ、私たち希望となっていることを伝え運ぶ足となりましょう。

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旧約時代の祭司の服

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体が温まりました。


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by hiraoka-joyful | 2017-11-26 13:16 | トピックス