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2月23日14年今日の糧

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マルコ3章13-19
傍らに控えるもの達


イエスが欲したこと
自分の選んだ人を「呼ばれ」た。
それに答えた人が「集まって来」た。
イエスが「任命」した。エクレシア=教会

1、イエスはあの山で何をしましたか。
主イエスにとって山は祈りの場所です。ルカ6:12-13
12人を選ぶ前にイエスは夜通し祈っています。

使徒=「使いのもの」
 ~シャーリハ(ヘブル語)
 正式の代理人。全権大使
 そして新たにつくられたもの。

十二人の名、背景やあだ名
「岩」=ペテロ。
「雷の子ら」=ヤコブとヨハネ。~性質
 熱心党のシモン、徴税人マタイ~対立
イスカリオテのユダ

2、使徒(しと)はどんなはたらきをしますか
彼らはただ主イエスによって選ばれた、呼ばれた人達です。彼らはイエスがそばにおられるから。ともにイエスの代理人として働く。

 3、なんのために使徒をえらびましたか
  答えは3つ  
 かれらをそばに置き、愛と慈しみに満ちた神を顕すため
 痛み、苦しんでいる人の所へ遣わすため
 十字架と復活の福音を語る勇気と愛を持たせるため。

Ⅰ一緒にいるため
 私たちもイエスが選びそばにいたいと願った人々
  =教会

Ⅱ派遣するため
イエスの派遣
イエスの愛が、イエスの恵みが、イエスの存在が
私たちをつき動かしてゆく。フィリピ3:13-14

Ⅲ権能をもたせるため
イエスの代理人=神からの権威と能力を持つ。
悪霊を追い出す。
 悪霊は十字架の出来事を愚かで無力とする。
 神ならぬものを神とする。1コリント1:18

弱い、愚かなものを、イエスは愛してくださった。
一コリント1:28 -29
救いの福音の言葉を語るために。

4、今、だれが使徒になりますか
それは、イエスを信じて教会に集う一人一人です。
みことばに訓練され整えられ、礼拝から毎週遣わされて行くのです。
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by hiraoka-joyful | 2014-02-23 18:18 | トピックス | Comments(0)  

2月16日14年今日の糧

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イエスを押しつぶす力
マルコ3:7-12

イエスはすべてのものから自分を切り離す。
イエスには地上での働きがまだあった。

1、なぜイエスのところへ多くの人が来たか
苦しみや悲しみの中にいる人々が、
病気を治してもらいたくて、
また悩みを解決してもらいたくて、
イエスのもとに集まって来た。

世の苦しみ悲しみの大津波
イエスに押し迫り飲み込もうとしている。
イエスは小舟に乗り込んだ=乗って岸を離れた。

2、イエスはなんのために舟にのったか、
イエスは舟に乗って群衆と距離をとります。
イエスは彼らが神様に出会うように舟から教えました。
イエスは、湖畔にいる群衆に神の国の福音を語る。マルコ4:1
 
3、おはなしを聞いた人はどうしたか
神の国の福音を聞いた群衆達
 三つの人々に分かれる。
イエスを十字架につける人々
 イエスを持ち上げた人々
 イエスに従った人々

4、イエスを十字架につける人とは
期待外れな思いが
「イエスを十字架につけろ」と叫ぶようになった
自分が期待した助けを神が起こさないなら
そっぽを向く人達です。またその神を憎む人です。


5、イエスをもちあげる人とは
汚れた霊に取り付かれた人々
「あなたこそ神の子です」-礼拝、信仰告白でない。
イエスがこの世のリーダなら十字架の救いはない

神様を礼拝するように見せかけて、
自分が神様を利用しようとする人です。
イエスはいつもそのような人々と戦いました
(マタイ4:5-9)。
イエスの言葉は権威がある。
 ―私たちを解放する
 十字架の死に裏付けられた、
 命がけの、全存在をかけた言葉だから。

6、イエスに従う人とは
神の子としてのイエス
十字架の死と復活の命を経て明らかになる。
「イエスは神の子キリスト」との告白
キリスト者の群れだけに許されている。
イエスの言葉をしっかり聞いて、
私たちを愛して十字架で死んで復活された
イエスを信じて、神を礼拝する人達です。

今日も苦しみや悲しみの現実がある。
真の神を礼拝する事が禁止される時代や国もある。
イエスは小舟をだして沖へ行こうと呼びかけている。
現実逃避でない
神のことばを通して真の神に出会ってゆく
命の事柄に関しては、イエスが共に働く。
今の課題に向き会う勇気と愛が与えられる。
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by hiraoka-joyful | 2014-02-16 17:05 | トピックス | Comments(0)  

21014年2月9日今日の糧


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手を伸ばせば
マルコ3章1-6

イエスのかけ声
「立て(EGEIRE) 真ん中に」

手の萎えた人には福音として響き
ファリサイ人には宣戦布告と響いた。
後の十字架の死につながった。

会堂の真ん中
神の言葉、律法がある。―その中心の掟
マルコ12:29-31
イエスはお答えになった。「第一の掟は、 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」
イエスは命をかけて片手の萎えた男を愛した。

善を行う
マルコ10:18
「神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」
礼拝の中で私たちは、神の圧倒的善を受ける。
神は解き放つ-他者を妬み、陥れようとする、死すら願う心から
私たちはへりくだって神の御前に立つ。これが善を行うこと。

命を救うこと
マルコ8:35
「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである」
10:45
「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」
イエスにとって
 「命を救う」ことは、「命を献げる」
 「命を救う」ことは「命を失う」決断。

謙虚で柔和な心が、神のこころと響き合う。
•マタ11:29
わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。 そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。

立ち上がり、手を伸ばす群れ
•イエスは私たちを真ん中に立たせる。
 私達が疲れ、萎え、時には神の恵みを味わえなくなっていても。
 命がけの愛で私たちを下支えする。

手を伸ばす-イエスに向かって
恵みに向かって、命に向かって、いやしに向かって。
人々に向かって。
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by hiraoka-joyful | 2014-02-09 14:44 | トピックス  

20142月2日今日の糧

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マルコ2:23-28
供えられたパン

1.安息日の労働
ある安息日にイエスは麦畑の中を通られた.
時期は過ぎ越祭の季節
  詩65:14
牧場は羊の群れに装われ/
谷は麦に覆われています。
ものみな歌い、喜びの叫びをあげています。

弟子たちは歩きながら穂を摘み始めた.
旧約聖書にあるユダヤの法律では
他人の畑でも,農具を使わずに手で摘むのなら律法で許されている
パリサイ人の告発-安息日に労働をした
彼らは律法に無知で 、それを守らない人を軽蔑

2.パリサイ人の裁き
  答えを求めない質問
 人が人を非難する基準
  マタ 7:3
  あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、
  なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。
3.イエスが与えた例話
①25‐26節でⅠサム21:1‐6から
ダビデの故事の意味すること
•1、緊迫感がある出来事
    -イエスと弟子達もまた休みなく働く。
•2、飢えていた-彼らも飢えていた
•3、神から与えられたもの-特別なパンと同じ
•4、安息日に供えられたパン
    -特別な契約のしるし。
•5、分け与えるパン
    -そのパンはイエスと共に歩む者に与えられる。
4.安息日の意味
•安息日は本来神の憐れみによって
  被造物のためにもうけられた。
 七日ごとに休むという「安息日」
5.新しい安息日
•イエスは私たちを新しい安息日に入れる。
安息日の主
罪びとであろうとも、神を知らなくても、
愚かでも、イエスのもとに来るものは
新しい安息日に生きるのものとなる。
•マタ11:28、29
疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。

新しい安息日に生きるとは
•神を愛し、人を愛して主を礼拝し、賛美し、
 与えられた日を感謝する。
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by hiraoka-joyful | 2014-02-02 15:13 | トピックス