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10月26日14年今日の糧

マルコ8:27-30
あなたの言葉で

イエスの一行はひたすら道を行き進む。 一筋の道へ。十字架へ。
道の途中イエスは尋ねる。世間の人々はイエスをどう見るか。
弟子たちにも重大な関心事。
高い評判に自分たちを特別なグループと考える。(マルコ6:14,15 )
①バプテスマのヨハネの再来~「ヨハネが生き返った」
②エリヤ~この世の終わり、エリヤが再び現れる預言がある。
③預言者の一人 ~イエスは神様から遣わされた優れた教師。

あなたはイエスを何者と言うか
マルコによる福音書の根幹をなす質問。
ペテロの答え
メシア=キリスト=油注がれた者」
その答えの背景は、ダビデのような王が再び立てられる希望から
(詩編89編21節、50,51節)
しかしペテロが知らないキリストの姿がある。 (イザ61:1- )
マルコが伝えるイエス・キリストだ(マル1:1 )
①重い皮膚病を患っている人を清めた
②足に障害があるものを歩ませた。
③萎えた手を癒してイエスに触れさせた
④イエスに触れたものに イエスから命を受け取らせた。
⑤死者をよみがえらせた
⑥空腹な者に食事を与えた
⑦耳を癒してイエスの言葉が聞こえるようにした
⑧目を癒してイエスを見えるようにした。
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ペテロの告白はフィリポ・カイサリア地方でなされた。
そこは皇帝礼拝がされていた場所であり、その告白は信仰の戦いを伴う。
イエスは、共に生きる日々の中で弟子達を大事に育てている。
信仰告白の上に築かれる教会。 -世界に広がる
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by hiraoka-joyful | 2014-10-26 13:39 | トピックス  

10月19日14年今日の糧

マルコ8:22-26
見えてきた景色
マルコ7:31~37と対になっている癒しの話
①イエスのもとに連れてきた人々がいる。
②癒される人が外に連れ出されている。
③イエスが手を触れ、唾を用いる。
④癒しに時間がかかっている。
イエスは何度も呻き、働きかけ、癒す
肉体的に聞こえても神の言葉が聞こえないもの 
肉体的に見えていても 神の業が見えないもの を回復する(イザヤ35:5) 
            
イエスは、人々の目の前で癒しをしてない。
①盲人の注意をイエスに向けさせる。
②目に唾をかけイエスに集中させる。
イエスは彼と一人対一人で出会い、彼の苦しみに触れる。
福音書記者が見つめるイエスの癒し。
①直接手を触れてなされる場合。
イエスが、具体的な問題の中に触れて私たちを救う。
②言葉だけでなされる場合。
聖書を読む中で、イエスの救いに与る。       

盲人は目を上げ、イエスを見る。
その言葉は7:34、6:41 と同じ。そこには天に祈る思いがある。
そして盲人はイエスの深み=神の真の愛を見た。(一コリ2:9 、10 )
ベトサイダで
彼は闇の中で、物乞いをし、絶望の中で生きていた。
イエスに出会い
彼は自分の家、家族のもとに自分の隣人へ希望をもって遣わされる。
イエスとの出会いによって
私たちは真の神様の恵みと守りを見る。(単に安心安全を得る信心ではない。)
①その恵みは、命を掛けた身代わりの愛。
②その守りは、永遠にともに歩む愛。
共に見、共に喜ぶため、教会でとりなしの祈りがある。
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by hiraoka-joyful | 2014-10-19 18:13 | トピックス  

10月12日14年今日の糧

マルコ8:11-21
イエスからのしるし

ファリサイ人はしるしを求め、イエスを試みた。
そのことをイエスはイエスの言葉を聞かない人間の罪を深く嘆く。 
7章34節イエスが深く息をつかれた「呻く」と同じ言葉。
イエスに対立しようとするファリサイ人はマルコに以下のように出てくる。
Ⅰ非難する。①2章16節      罪人との食事、
②2章24節、3章6節 安息日の問題、
③7章1節       ユダヤ人の掟
 Ⅱ試す -神に対する罪(申命記6:16)
①8章11節     しるし=イエスの力
②10章2節     律法に対する知恵
③12章13節     ローマへの社会性
 
では弟子たちはどうか?
パンがなく弟子たちは慌てた。しかしイエスは慌てていない。(マルコ6:8)
「ファリサイ派とヘロデのパン種」に注意を促す。
ファリサイ人のパンだね=偽善(7章6節)
ヘロデのパンだね=真実に目をつぶる。
しかし弟子たちはイエスの言葉を自分勝手に聞いてしまう。
イエスと共にいながら、小さなトラブルが与えられた恵みを打ち消す。
イエスはエレミヤ5:21-24から弟子らが大切な神の恵みを見ず、
神の言葉を聞かない様を諭す。

では私たちが見つめるべきこと、聞くべきことは?
イエスを見つめる。
  信じる全ての人を呼び集る。
  必要な糧を与えて養う。
  その恵みは世界の全ての民に。
イエスに聞く。-恵みは相応しくない罪人に及ぶ。(マル 2:17 )
キリスト者は悟る群れではない。
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①聖書を読み続け、祈り続ける。  
②神を、互いを感謝するために礼拝する。
(招き、感謝の賛美、み言葉、応答の賛美、捧げもの、祝福と出発)
私たちは主の恵みを確認しながら生きる群れ。
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by hiraoka-joyful | 2014-10-12 13:46 | トピックス  

10月5日14年今日の糧

マルコ8:1-10
感謝と賛美の祈り

6章30節以下 と同様の奇跡が起きた。
イエスは働きを繰り返される。
そのことは神の国の業を託す弟子訓練となる。
イエスは弟子たちに問題を分ける。また
同情を分け合う。
イエスが持つ同情は「胎や子宮」の言葉に近く、共に苦しみながら命を生みだす同情だ。
この同情はじっとしていられない愛だ。 (二コリ5:14 )

ここでの給食の奇跡は真の神を知らない異邦人にも及んでいる。
しかし弟子たちは困難ばかりを見ている。
 ①地理的困難 
 置かれている場所、状況が悪い、
②経済的困難  
 手持ちがない(方法もふくめ) 
それはまるで荒野のイスラエルの民のようだ。(詩78:18-20)
かれらはすでに持っている恵みに気付いていない。

イエスは彼らの小ささを受け止め、感謝の祈り、賛美の祈りを捧げる。
それは最後の晩餐で描かれる出来ごとに重なる。(マル14:22 )
またそれは約束の地を目指して荒野を旅していた人々(出 16:35 )への
命を守る神の憐れみ。 (出16:12)に繋がる
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4000という数は4(世界の4方向)*1000(おびただしい数)つまり
全世界の住民が招かれている二つの食卓を意味する。
①キリスト者の食事の時間
身体を健康に保つためだけでなく、
喜びや悲しみ、苦しさを分かち合うための時間。
(食前の祈りの中で家族を、教会の兄弟姉妹を、隣人を覚えて祈る。)
②主の晩餐式
イエスによって生かされている希望の印。約束のひな型。
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by hiraoka-joyful | 2014-10-05 20:05 | トピックス