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11月30日14年今日の糧

「占星術師達の訪問」
マタイ2:1-12
今日はアドヴェント第一週です。
東方から来た礼拝者の姿を通して
異邦人でありながら
思いがけなくイエスを礼拝する者となった幸いを聞きました。

占星術師の学者たちは
「星占いの専門家」です。
   magos(単数)が元の言葉
    magi(複数) そして複数の人がおり
‎→‎magic(奇術、魔術) を行うものでした。
彼らは「ユダヤ人の王の星」に導かれ、エルサレムに来ます。
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この地で聖書に預言されていた
『ユダの地、ベツレヘムよ、
お前はユダの指導者たちの中で
決していちばん小さいものではない。
お前から指導者が現れ、
わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』 ミカ5:1
を 聖書学者から伝えらます。
その後、彼らに先立って進む星を目指してベツレヘムへ行きます。
そこでイエスに会い礼拝します。
今、その場所であったと伝えられるところに、降誕教会があります。 世界中から人々がやってきて、2000年以上前のイエスの誕生に思いをはせています。
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by hiraoka-joyful | 2014-11-30 14:41 | トピックス  

11月23日14年今日の糧

苦難の約束
マルコ9章9-13
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山を下りてくる途中でイエスは口止めする。
「今見たこと」=山の上で起こったこと。~何故か。
山上の変貌は復活における栄光の先取りだから。
弟子らは、イエスの苦難と復活を目撃して、聖霊が注がれた後、その意味を知る。
それまでは「心に留めて」=固く心に留め、守る。
復活~常識を超えた異物。
弟子の心に「ざわつき」が生まれる。問いが生まれる。

エリヤの再来についての問い(マラキ3:19―24)
エリヤの使命=裁きを逃れる道筋をつける
それは神と人との関係を回復するための働きだ。
律法学者たちの主張。
「エリヤはまだ再び来ていない。だからイエス≠メシア。」
しかしイエスは伝える「エリヤは既に来た 」
それはバプテスマのヨハネだ。
彼は人々に悔い改めを求めた。メシアであるイエスの備えをした。
そしてヨハネは殺された。
それは律法学者のメシア像=敵に勝利し、栄光の神が支配する。とは異なっている。

イエスが伝えるメシア。
イザヤ書第53章「苦難の僕」。
イエスはその姿に、自分の苦難の姿を投影する。
自らが苦しみを重ね、辱めを受けるメシア。
バプテスマのヨハネとイエス
キリスト者はこの二重の苦しみによって贖われた。
これが、教会がもつ信仰の根幹。
イエスは苦しみを重ね、辱めを受け、十字架につけられて死んだ。
神と人に全く捨てられた死の苦しみに勝って復活した。
それは全て、私たちを罪から救う為。神の命に生かす為。
この信仰告白の中にイエスは、姿をあらわす。
そこにキリスト者の慰めと支えと希望がある。
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by hiraoka-joyful | 2014-11-23 13:59 | トピックス  

11月16日14年今日の糧

イエスだけが一緒に
マルコ9章1-8

イエスは貧しい一人の人間として生きている。
その中で、受難と再生の道へ踏み出している。
その道の途中、イエスは3人の弟子を連れて高い山に登った。
弟子らは、神の国が力にあふれて現れるのを見る。  
それは、共に歩んでいる弟子への約束となった。
その約束の意味は何かを考える。実現したか。それとも絵空事か。
ここでペトロ、ヤコブ、ヨハネはイエスの栄光の姿を見た。
彼らは、また以下の事の目撃者だ。
① 少女を蘇らせる(5:13)再生
②ゲッセマネの園の苦しみ(14:33)苦難
③彼らは見た。イエスの姿が変わる。蛹が蝶になるように。(一コリ 2:9 )

エリヤとモーセとイエスの繫がりはなんだろう。
モーセ=律法の代表者。エリヤ=預言者の代表。
それは、神が与えた光景
①旧約聖書の全体がイエスと繋がっている。
②モーセとエリヤとイエスは語り合った。(ルカ9章31節)
十字架の死と救いを。
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イエスの姿は栄光に輝く。そのイエスを見た弟子は
①イエスの約束が実現したと考える。
②イエスの姿を留めておきたい。~しかしイエスは元の姿に戻る。
③「これはわたしの愛する子。これに聞け。」の声を聞く
彼らを覆う雲=神の臨在。(出エジプト 40:34 )(比マル 1:11 )

本来のイエスの栄光の姿が見える場所はどこか。
①主の日の礼拝。
②信仰生活の中。
なぜなら十字架の主が共にいて下さる から。
「ただイエスだけが彼らと一緒におられた」
①イエスだけが父なる神を指し示すかた。
②イエスだけが人として罪びと共にいる神。
③イエスだけが苦難と再生の道を歩む神。
このイエスが私たちの希望となる。
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by hiraoka-joyful | 2014-11-16 14:12 | トピックス  

11月9日14年子ども祝福礼拝

今日は子ども祝福礼拝がありました。
札幌バプテスト教会の石橋大輔先生が
「ありのままってどんなまま」と題し、
カブトムシ(力持ち)やクワガタ(戦いに強い)、バッタ(飛べる)に
なりたかったけど、なれなかった蟻男君が、
自分の中にある素晴らしさ、
仲間と力を合わせて働くこと、
地面を掘って住処を作ってゆくこと、
に気付いてゆくお話し。
そして神様に造られたありのままの自分を知る時に、
その自分を、神様はとても愛している事、
同時に、自分と違っているものもとても愛している事を知って、
自分の世界が広がってゆくことを、
お話し下さいました。
今日教会に来てくれた子どもたちが、心も体も健やかに成長し、
色々な事に出会って、自分の世界を広げてゆけるように、皆で
祈りました。

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by hiraoka-joyful | 2014-11-09 16:24 | トピックス  

子ども祝福礼拝のご案内

平岡ジョイフルチャペルでは毎年、礼拝の中で『子ども祝福式』を行います。
神様から与えられた子どもたちの成長を感謝して、祝福のお祈りをさせていただきたきます。
成長めまぐくるしいお子様の1年の折り目としてこの時をもたれてはいかがでしょうか。
そして、私たちも子ども達と同様に、神様に成長させられていることを覚えましょう。
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子ども祝福礼拝において神様からの御言葉をいただき、共に育てられていきたいと思います。

お気軽にご家族そろってお出かけください。
お待ちしています。
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by hiraoka-joyful | 2014-11-04 11:44 | 集会案内  

11月2日14年今日の糧

マルコ8:31-38
命の代価
人の子イエスは、値踏みされ、捨てられ、殺され、復活する。
苦しみと再生の道を
~愛するが故の使命を、自由に、勇気をもって、包み隠さず 宣言した (マル1:15)
しかしペトロはイエスの苦難と再生の宣言を受け入れることが出来なかった。
ペトロが思い描いた救い主-ローマに勝つ そのイメージを覆したから
ペトロの問題~これがサタンの働きかけ。
①、神のことを思ってない    
②、人間のことを思っている。
③イエスの前に立つ
④人の価値観や、経験や、知識で
     十字架の救いを退ける。イエスの後ろに

イエスはペテロを叱る「引き下がれ」=「私の後ろに廻れ」
1、それは自分を捨てること
①不完全な自分の価値判断を捨てる。
②神の目に大切と映る自分を取り戻す。
2、それは自分の十字架を背負うこと
神が自分をかけがえのない者としてくださった。
だから、日々の務め(愛するがゆえに~をしよう)を負い、イエスと共に歩く。
3、それは福音のために命を失うこと
  
けれど弟子たちは「罪深い時代」の中で、キリストを恥じてしまう。
①神に不貞節な時代。
②欺く弓で射た矢のように逸れる時代。
③イエスの十字架を価値がないと捨てる時代。

しかしイエスの十字架は恥とする者を救う十字架だ
イエスの苦難と再生は彼らのためだから。
復活のイエスに会った弟子らは自由に、勇気をもって、包み隠さず
イエスの福音をのべ伝えてゆく。(使徒行伝5:40-42 )

私たちと共にある十字架
自分の十字架が必ずある。-日々担う中で 重荷に手を差し伸べるイエスを見出す。
イエスの命に与って生きる。 (マタイ11:28、29 )
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by hiraoka-joyful | 2014-11-02 12:52 | トピックス