<   2015年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 

1月25日15年今日の糧

あなたは「塩の塩」!
マタイ5章13節
今日はH協力牧師より宣教をしていただきました。
イエス様は「あなた方は地の塩だ」と宣言しました。
塩とは
①人間の健康に欠かせ無いもの
   人体は0.5%が塩分です。私達は7.5-9g/1日 摂取する必要があります。   
②塩の役目
1.調味料(ちょうみりょう)
 ほどよい「塩加減」・・・背後にあって他を引き立たせる役割
キリスト者は
調味料のように、相手の良いところを引き出す黒子(脇役)として大事な役割を果たす
      
d0224356_1442537.jpg

                   ( 死海の塩)

2.防腐剤(ぼうふざい)
 「塩は豚の命と同じだ。」 古代ローマの哲学者の言葉-
キリスト者は
防腐剤のように、社会の腐敗(ふはい)をふせぎ、汚れを止める大事な役割を果たす 。
塩であるとの言葉は、現在形で書かれている。
今、どのような者でも、塩としていきる役割がある。
d0224356_14432697.jpg

[PR]

by hiraoka-joyful | 2015-01-25 14:47 | トピックス | Comments(0)  

1月18日15年今日の糧

塩気のある人生
マルコ9章42-50節
イエスは、弟子たちに躓きへの警告を伝えた
A.「つまずかせる」 者となるな
=誰かが神様を信じて生きていくのを妨げる。
イエスの弟子たちはこのように生きていた。
① 自分達の中で優劣を競う。
② 自分達に従わない人を排除していた。 
彼らにイエスは厳しい言葉で別の視点を与えようと教え続けている。
B.自分が「つまずくこと」を怖れよ。
自分と神様との関係がしっかり確立している。
神様の自分に対する恵みは揺らがない。
そのために神の恵みを止めるものを取り除く。
弱さを知っても、より深い神の恵みを知る。
①ゲヘナに落ちないために=消極的理由
②豊かな実を結ぶために=積極的理由(ヨハネ15:1-2)

C.そこには塩で味付けられた言葉が必要だ。
コロサイ4:6「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい」
塩で味付けされた言葉 とは、神様の恵みにおける言葉。
①神の恵みによって味付けられた言葉を聞く者となれ。
②神の恵みの言葉を語る者となれ。
どのように塩で味が付くのか。
神様の恵みの塩~火によって与えられる。
①罪人が裁かれる地獄の火。
②神様の恵みの塩味。
  この二つが合わさったもの
イエス・キリストの十字架によって生まれる。
そのために、十字架で死んだ神の子イエスが人々のつまずきの石となった。
(マルコ14:27 )
①イエスが私たちのために裁かれた。
②イエスこそが地獄の炎で焼かれた。
D.私たちは
①イエスの救いの前でうち砕かれる。
②与えられた神の恵みの言葉で人を生かし「互いに平和に過ごす」。

冬の教会は雪かきや多くの働きによって守られています。
d0224356_13214018.jpg
d0224356_13224158.jpg

[PR]

by hiraoka-joyful | 2015-01-18 13:26 | トピックス  

1月11日15年今日の糧

祝福につながる一杯の水
マルコ9章38-41節
イエスは大事なことを教える。
①「イエスの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、イエスの悪口は言うことが出来ない」
誰が敵にならないか。 
②「イエスとその弟子たちに逆らわない者は、彼らの味方である」
誰が味方となるか
共通点を見つめる。
一致を喜ぶ。
イエスは教える~良い交わりの輪を広げよ
キリストのもの=クリスチャン
イエスを救い主と信じる信仰によってクリスチャンと呼ばれる
クリスチャンの名は私達の周りにいる方達と真の神を繋ぐ。
①神の敵ではない人
神の憐れみと救いの道が開かれ続ける。
②神に祝福される人
関わりの中で、祝福を受ける人がいる。

イエスは私に命の水を与え、魂を生き返らせて下さった
私はイエスに一杯の水すら飲ませられない。
その私をイエスは呼ぶ「友」と

神のまなざしの中で、私たちは愛の姿を見つめてゆく。
慎ましくありふれた 日常の奉仕。
私達を支える人の存在を、喜び、感謝する。
神は彼らをも見つめる。
彼らのために、彼らが救われる希望を捨てていない。
d0224356_12555173.jpg
d0224356_1305962.jpg

[PR]

by hiraoka-joyful | 2015-01-11 13:02 | トピックス  

1月4日15年新年礼拝今日の糧

十字架のイエスを受け入れる
マルコ9章30-37節
ガリラヤからエルサレム(十字架)への道で
イエスは奇跡の業よりも 弟子に最期の教えを繰り返す。
それは、自身の受難を伝え続けることだ。マルコでも
十字架の出来事はどのように起きるか (8:31)
十字架とは、何を意味するのか(9:31)を伝えた。
しかし弟子達はイエスの教えの意味を確かめるのを怖れた。
①何を弟子たちは怖れたか。
イエスに対して持っている期待が、崩れるのを怖れた。
②彼らは何を期待していたか
イエスについて行き、人々に偉人と考えられること。
③弟子たちとイエスの間に距離が出来ていた。
④イエスは自分の周りに弟子らを呼び寄せる。
「人よりも先になろうとすること自体をやめる」と伝えた
それを一人の子どもの姿を通して教える。
  ①なぜ、子どもがこの場所にいるのか
  イエスの恵みに与る(った)ため。
②その子どもは、どのような子どもなのか。
   彼らにとって益にならない人。
その人に仕えること。それは、
「イエスのみ名のために」~救いの業のため
① 神様が私たちの罪を赦して下さった。
② 新しい命の約束を与えて下さった。
そこに立ち戻る
①イエスの苦しみと死は、私たち全てのため。
②神様の決意があった。(ローマ8:32 )
イエスの十字架と復活の意味。
その目に見えるしるし(教会に与えられた働き)は
バプテスマ式と主の晩餐式である。            
主の晩餐式
①イエスの救いの業を心に刻む。
②お互いを受け入れ合い、支え合う。
ここに人間としての本当の尊厳が生まれる。
d0224356_13121058.jpg
d0224356_13123471.jpg

[PR]

by hiraoka-joyful | 2015-01-04 13:13 | トピックス