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工事が始まりました

平岡ジョイフルチャペルの壁と屋根と塔看板の塗り替え工事が始まりました。

皆様の祈りと献げ物によって、また助けによって費用も満たされました。

工事の間は駐車場スペースの関係で出入りがしにくくなるかもしれませんのでどうぞ、心落ち着けて車の出入りをおねがいします。

ただこのちいさな不自由は、私達が2016年度の総会で決心したことによるものです。

それは、

私達はこの教会を必要とする方のために、外套の役割を果たして行くこと。

なぜならイエスの愛が私達の内にあるから。

だからこそこれからも、ジョイフルチャペルがここにあって良かったと、受け止めてくださる方々のために、今年度は心を合わせて、この建物を整えていくこと。です

このちいさな不自由は嬉しい不自由です。工事が無事に終わるように、そしてジョイフルチャペルの存在に目を留め、おいでになる方のために祈ります。

皆で相談して以下のように色を決めました。

屋根 濃い茶

  壁  クリーム色

  教会の塔看板 茶

  十字架 深緑

  駐車場から見える十字架、赤いライトが付きます


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by hiraoka-joyful | 2016-09-27 12:30 | トピックス  

9月25日16年今日の糧

2つの願いと6つの勧め

テサロニケ手紙Ⅰ51215

パウロと、テサロニケのクリスチャン達はイエスに直接は会ったことがない人達です。勿論血族でもありません。弟子達のように同じ釜の飯も食べていません。本来なら何の接点もなかった人々です。しかし彼等は先に救われた人々が語り伝えてきた福音の言葉を聞くことによって、イエスの言葉に出会い、そこで語られる救いを信じて受け入れました。その一点において、イエスが家族として出会わせてくださった者達なのです。

 イエス・キリストが結び合わせた家族だから、大事にして行かなければならないことがあります。それをパウロはこの手紙で願い勧めているのです。

愛をもって心から尊敬しなさい。

互いに平和に過ごしなさい。

怠けている者たちを戒めなさい。

気落ちしている者たちを励ましなさい。

弱い者たちを助けなさい。

すべての人に対して忍耐強く接しなさい。

悪をもって悪に報いないよう。

すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。

私たちの罪を背負って十字架にかかって死んで、復活の命を与えたこと。これがイエス・キリストが行ってくださった最善です。私たちはイエス・キリストからこのように愛され続けています。この愛のエネルギーがキリスト者の兄弟姉妹の中に働くとき、お互いにその人の喜びとなる行為が生まれます。それは教会の枠を超えて広がってゆき、全ての人に及ぶとパウロは伝えているのです。


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by hiraoka-joyful | 2016-09-25 13:29 | トピックス  

9月18日16年今日の糧

918日特別集会

ヨハネ31617

神は与えたい、喜びと希望、永遠の命を」

今日は小樽バプテスト教会岩波久一牧師の宣教でした。

中学生の時に学友を偽って、自分の都合の良いように振る舞った事を思い出しては、良心の呵責に苦しんだこと。

しかし、17歳の時そのような自分を全て知りながら、自分を赦すために独り子イエスを十字架につけた神の愛にであった時、自分を否定する思いは消え、この神の愛を伝えるため自分の生涯を使ってもらおうと決心したこと。

54年間、牧師としての歩みの中でこの神の愛に出会い続けた事。その愛を知ることがまさに神の命に満ちた永遠の希望だと、語ってくださいました。

午後からは信仰の視点から考える死と葬儀について」死と真剣に向き会い、そこに働く神の希望を持って生きることを、具体的な証を織り交ぜながら語ってくださいました。

午前の礼拝に来られた方々、また午後から新たに来られた方々、一人一人が岩波牧師より

真実な神に信頼して生きる姿勢を教わりました。


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by hiraoka-joyful | 2016-09-18 17:24  

9月18日(日)16年 特別集会のお知らせ

次週9月18日(日)岩波久一牧師をお迎えして、特別集会を計画しています。

  礼拝  午前10時半~ 神は与えたい、喜びと希望、永遠の命を」

      昼食

講演会 午後1時半~  信仰の視点から考える死と葬儀について」

先生のためにお祈り下さい。
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by hiraoka-joyful | 2016-09-14 19:52 | トピックス | Comments(0)  

9月11日16年今日の糧



使徒言行録211726


「わたしが丸坊主になったわけ」


今日は旭川東光教会の松坂克世牧師の宣教でした。

以下は送ってくださった自己紹介文です。

1970128日生まれの夢みる45歳。20年前に献身、その後西南学院大学神学部へ。福岡ベタニヤ村教会で7年過ごし、11年前に旭川へ。人間の営みはいつの時代も、どこにあっても変わらず、悩みの種もまた同様であることを痛感しています。


そんな松坂牧師が丸坊主になった訳それは、案外単純な理由でした。神学生の頃手に入れたバリカンでお連れ合いに髪を切っていただいたとき、ちょっとした手違いで丸坊主以外の髪形に出来なくなったのが始まりでした。ではなぜ伸ばさないのか。その理由はお伝えになりませんでしたが、今日の聖書の箇所で語られたのは、使徒パウロが伝道旅行から帰ってきたエルサレムでやはり頭を剃ったことです。それは特別な清めの儀式を伴う誓願の証のためでした。伝道旅行の間にユダヤ教の教えに反する言葉を伝えているとパウロには悪評が立っていました。彼は頭を剃ることで、敵対者に自らの存在を知らせ、エルサレム神殿で捕縛されたのです。しかしパウロはその事件をテコにますますイエス・キリストの福音を堂々と語ったのです。社会の中でキリスト者として生きる、教会が地域に存在する、そこには目に見える形での証が伴う。そのような決心のもと、松坂牧師も丸坊主スタイルを貫いておられるのかもしれません。


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by hiraoka-joyful | 2016-09-11 17:08 | トピックス  

9月11日ゲスト メッセンジャー

911日の礼拝

礼拝宣教は旭川東光教会の松坂克世先生です。この宣教は北海道地方連合教役者会の宣教協力プログラムの一貫です。当教会からは、日髙嘉彦協力牧師がリビングホープ教会で宣教します。お祈りください。

松坂牧師のプロフィールが旭川東光教会のホームページに記載されています。

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1970年12月8日、愛知県豊橋市生まれ。家業の「ナザレうどん」を継ぐため、名古屋の大学へ進学し会計学を学ぶ。そしてコネで名古屋の乾物屋へ就職。3年ほど勤めた後、Yさんと結婚。結婚と同時に献身して西南学院大学神学部へ学士入学。卒業後すぐに福岡ベタニヤ村教会に牧師として赴任。旭川東光キリスト教会には2005年4月に赴任し、現在に至る。

牧師となって15年目となります。日本中どこにいっても、人間の営みもその中にある悩み苦しみもあまり変わらないのでしょう。そのような意味で牧師の働きは全国区、いや世界中で必要とされていると思います。ただ、その地域の中で取り組まなければならない課題も当然あるでしょう。とりわけこの日本は、宗教的に歪な歴史を辿ってきています。人が真に自由に生きることができるように、そしてそれはくしくも憲法が謳う「正義と秩序を基調とする国際平和を希求」(第九条)するように、との行動です。そして私は一人のキリスト者として、主イエス・キリストの福音に生き、それを告げる者として立たされています。小さな声で語られる主の言葉に耳を傾けつつ、大きなその愛を分かち合いたいと願っています。


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by hiraoka-joyful | 2016-09-07 20:46 | トピックス | Comments(0)  

9月4日16年今日の糧

怒りじゃなく救いに決まっている。

テサロニケ手紙Ⅰ56節―11

パウロが言うように、イエスの再臨を待ち、それに備えて生きる信仰者の歩みは、戦いです。テサロニケの兄弟姉妹だけでなく、どれほど多くの人々がその戦いに参与してきたでしょう。

しかもその戦いはむやみやたらと棒きれを振りまわす戦いではありません。勝ち方も分からず、自爆する事でもなく、神風が吹くことをひたすら願うことでもありません。冷静に神からの知恵を持って、戦うのです。神の愛を表すために働くのです。聖書の中に、私たち一人一人が持つ問題の答えがみつからないことはありません。また二千年間教会の歩んできた歴史や信仰の先達者達の姿に、答えが見つかることがあります。

そして最も確かな答えは、神の子イエス・キリストが、私たちの全ての罪を背負って十字架にかかって死んだこと。イエスが神を知らずにやがては虚しく死んでゆく人に復活の命を与え、永遠の希望を与えるためにその命を捨てたことです。神の救い、その目的はキリスト者がイエスと共に生きるためです。目覚めて、全てのことを冷静に判断し問題解決をしている時は勿論のこと、目の前の事柄に心を閉ざし、目をつむってやり過ごそうとする時すらも、イエスはキリスト者と共にいるのです。そしてなんとか目覚めるように声をかけ続けているのです。

1) キリスト者の友を通して

2) 試練をとおして

3) 思いがけないやり方で


              

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今日は入院中のKさんとも晩餐式が出来ました。
感謝

      
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by hiraoka-joyful | 2016-09-04 17:23 | トピックス