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2020年1月26日「マルコ福音書のイエス (11)~「信頼」の構造」

宣教:「マルコ福音書のイエス (11)~「信頼」の構造」
宣教者:三上章先生
聖書箇所:マルコによる福音書 2章1~5節

1節に「日々の後」とあるが,おそらく数日間であろう。これらの日々については,イエスが何をしていたかは書かれていない。おそらく特筆すべき活動は行わず,骨休めをしていたと思われる。イエスにも休息は必要であった。休む必要がある時は,休んでよい。

2節に,押し寄せた大勢の人々にイエスは,「その言葉」(ホ・ロゴス)を語ったとある。それは温かい心から出てきた温かい言葉であろう。イエスという人は,お地蔵さんのような人だと思う。地蔵菩薩は,あの「賽の河原」の仏教説話と関係がある。親に先立って亡くなった小さい子どもが,この河原で母親や父親をいとおしみ,小石を積んで塔を作ろうとするが,石を積むとすぐに鬼がきてこわしてしまう。
この説話は昔から「地蔵和讃」として庶民のあいだで歌い伝えられてきた。「お母さん,お母さん」と泣き叫ぶ幼子を鬼は容赦なくいじめ続ける。この苦しみをどうしたらいいのだろうか。
「地蔵和讃」は次のようにいう。
 地蔵菩薩にまさるものはない。
 遥か谷間の彼方から 光り輝き尊いことに 幼子の前にお立ちくださり 
 いわれた
 もう泣かなくてもいいよ 幼子たちよ 
 おまえたちは短いいのちで 冥土の旅にきた
 生ける者の国は冥土から遠く離れている
 わたしを冥土の父母と思って過ごし 頼りなさい
 こういって 幼子を着物の裾の中にかき入れ
 まだ歩けない幼子を手に持つ杖の柄に取りつかせ
 慈しみに満ちた胸に抱きかかえて撫でさすり
 憐れみたまう なんとありがたいことか
 子どもに先立たれて悲しければ 西に向かって手を合わし祈りなさい
 残された私のいのちが終わるときには 子どもと一緒に天国に導いてください
 地蔵菩薩さま 朝に夕に仏壇に念仏を称えなさい 南無阿弥陀仏と
 ※「南無」はインドの言葉のnamasに由来し,「おまかせします」という意味。

 イエスの口から出た「その言葉」とは,なにかそのような温かいものであったと思う。 

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来週2/2(日)の宣教予定者は三ツ木芳夫先生です。


# by hiraoka-joyful | 2020-01-26 13:12 | トピックス  

2020年1月19日「和解・平和への導き」

宣教:「和解・平和への導き」
宣教者:金子弘先生
聖書箇所:マタイによる福音書 5章43~44節
     コリントの信徒への手紙 二 5章17~21節

教会という場で初めて耳にした聖書の箇所がマタイ5章43~44節で、イエスの言葉に物凄い衝撃を受けました。自分の生い立ち、戦時下の貧困からして、愛や憐れみなど全然なく、自分以外は敵ばかりだった者にとって、詭弁、理想、空想 、夢物語でしかないと逃げたい思いでした。その一方で何やら言葉に表せない不思議さを感じさせられ、それ以来、聖書と向き合ってくる中で、イエスの平和的和解に興味を持ち、それが生涯課題の一つになりました。

サンスクリット語に『アヒンサー』という言葉があるのを、原発課題に取り組んでいる方から聞きました。「命あるものを傷つけない」という意味だそうです。何億万年というスパンで起こる自然界の呻きと災害、絶え間ない闘争、上に立つ者の不義不正の世にあって、「いのち」「こころ」「人格」「存在」「弱い立場にさせられた人々」が、何と安っぽく、軽視され、疎外されていることでしょうか。

そのような中でのイエスの平和的和解の「ことば」とその「生き方」は、何がどうあれ「いのち」にかかわり、また「永遠のいのち」に繋げられる信仰指針ではないかと思い、非常な困難さがありますが、さらに、イエスの深遠なことばに向き合い、実践できればと願っているのです。

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来週1/26(日)の宣教予定者は三上章先生です。

# by hiraoka-joyful | 2020-01-19 12:53 | トピックス  

2020年1月12日「マルコ福音書のイエス (10)~時には怒るべし」

宣教:「マルコ福音書のイエス (10)~時には怒るべし」
宣教者:三上章先生
聖書箇所:マルコによる福音書 1章40~45節


40節の病気の男性の言葉を直訳すると,「おまえが望むなら,おれを浄くすることができるのだ」となる。これを敷衍するなら,「その気になればおれを浄くすることができるんだろ」「できるものなら,おれを浄くしてみせろ」「こんな姿のおれだ。恐ろしいだろ。近寄りたくないだろ」というところか。えらそうな口ぶりである。イエスも,このようなものの言い方が嫌いだったようである。怒るのが当然である。

41節の「憐れんで」(スプランクニステイス)は,写本上の問題がある。西方系写本は「怒って」(オルギステイス)である。この読み方でないと文脈にそぐわない。これを後の写本家が,「憐れんで」に書き換えた可能性が強い。おそらくイエスから「怒り」の要素を取り去ろうとしたからであろう。イエスは怒った! 

横浜市に住む友人から,カジノ反対に関するメールが届いた。「横浜市では、IR(カジノ)を巡って林市長のリコール運動が起こっています。市長選前の世論調査では市民の2/3がカジノに反対でした。市長は、市長選前にカジノ誘致を明言せず「市民の意思を見極める」と言っていたのに、当選後に一転誘致に踏み切りました。その政治姿勢は大いに問題ありです。私はリコール署名の受任者になりました。半年かけて受任者を集め、一斉にリコール署名を開始します。」

怒るべき時には怒ってよい.

43節に「そして(イエスは)彼を叱りとばし,すぐに追い出した」とある。なぜこのような仕打ちをしたのだろうか。44節を読むとわかる。「いいか。だれにもなにも言うな」と言うからには,イエスはこの男の性癖を見抜いていた。イエスの前で演技して見せたら,まんまとひっかかりやがった。病気を治させてやったよ,とでもいいかねない人物である。

イエスは,この男にちゃんとした社会人として生きるように勧告する。「さあ行って,お前自身をその祭司に見せなさい。そして浄めに関してお供えをしなさい。モーセが定めた(供え)ものを。」それが当時の社会的宗教的習慣・マーナーであった。イエスがわざわざこういうことを言ったのは,この男が社会における正しいふるまいから逸脱する生き方をしていたからであろう。

45節を見ると,やはりそうかと思わざるをえない。「この男は,その場から出て行き,「多くのことを宣伝し,その言葉を拡散ささせはじめた。」宣べ伝え(ケリュグマ)には,善いものと悪いものとがある。この男がしたことは,悪いケリュグマである。善いケリュグマは,イエスを宣べ伝える。悪いケリュグマは,自分自身を伝える。こういうケリュグマは,イエスを妨害する。


来週1/19(日)の宣教予定者は金子弘先生です。

# by hiraoka-joyful | 2020-01-12 10:03 | トピックス  

2020年1月5日「わたしはあなたと共にいる」

宣教:「わたしはあなたと共にいる」
宣教者:三ツ木芳夫師
聖書箇所:ヨシュア記 1章5節

本日は、ヨシュアを取り上げ、聖書をとおして学んでいこう。

モーセの死後、神がその後継者に立てたのは、ヌンの子ヨシュアであった。モーセのしもべとして仕えてきたヨシュアにとって、モーセとともに歩んできた荒野の40年の旅路は決して平坦ではなく、むしろ困難な道であった。

いま約束の地カナンを前にして、ヨシュアに語られた主の言葉は、ヨルダンを渡り、その後に約束の地に入ることであった。ヨシュアがその指揮を取り、イスラエルの民といっしょにカナンの地にに入ることは決してたやすいことではなかった。担いきれない重荷を背負うことであった。

荒野の旅でヨシュアは何を学んだのか。信仰の指導者モーセと主との関係をそして交わりを学んだのではないだろうか。

ヨシュアは、これから一人、神の前に立つ。神の意志をどのように受けとめていくのか。

わたしたちもここから主のメッセージをいただきたい。

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本日の昼食はスパゲッティ3種!
①ミートソース ②たらこバター ③和風なめたけ和え
ハーフ&ハーフも三種盛りも可能でした♪

来週1/12(日)の宣教予定者は三上章先生です。


# by hiraoka-joyful | 2020-01-05 13:38 | トピックス  

12月29日19年(賛美礼拝)今日の糧

本日は賛美礼拝でした。
この一年間もさまざまな出来事がありましたが、どんな状況でも神様がともにいてくださることを再確認した一年間でもありました。

「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」
(コリント人への第一の手紙 10章13節)

「脱出の道」は逃げ道ではなく、新しい進路、新たなチャレンジの機会だと思います。
そしてまた、独りの道ではなく、神様が用意してくださった道、イエス様がともに歩んでくださる道です。

新しい年にどのような日々が待っているのか、期待をもって祈りつつ歩んでいきたいと思います。

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☆今日は賛美礼拝でしたが「讃美歌って教会の人しか歌ったらだめなの?」なんてことはありません101.png
「気になる讃美歌がある」「歌ってみたい讃美歌がある」など、お気軽にお声がけください。(み)


# by hiraoka-joyful | 2019-12-29 12:56 | トピックス