8月19日18年今日の糧

ヘブライ人への手紙111
夢をあきらめなかった人

~アブラハムの足跡をたどって~


今日の宣教は日髙嘉彦協力牧師が行って下さいました。

当教会では、続けてアブラハムの生涯をたどって聖書を共に読んでいますが、

協力牧師はその生涯の旅を写真や地図を用いて解りやすく解説してくれました。

その生涯で最も素晴らしかったのは、神アドナイが伝えた祝福が具体的に実現する

夢を諦めなかったことです。アブラハムの生涯をたどると、いつも励まされます。

現実にうみ疲れるあまり、今いる境遇や場所を変えてゆく事に尻込みしそうになったとき、何度も繰り返し読みたい聖書の箇所です。

問題 アブラハムさんの旅

1. アブラハムさんは、神さまを信じて旅をつづけました。

神さまが与えると約束した地はどこでしょう。ヒント:カナンと書かれてある所です。

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2. あなたも旅をしたことがありますか。一番遠くまで旅をした所はどこですか?

3. アブラハムさんは夢をもって生きていました。あなたの夢は何ですか。

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# by hiraoka-joyful | 2018-08-19 16:21 | トピックス  

8月12日18年今日の糧

愛する人を葬る場所

創世記2312節から20

 アブラハムは、自分の人生の晩年に、妻サラの死を経験します。二人が故郷から旅立って以来、サラは神様の祝福の約束を信じて共に歩んできたアブラハムの同志でした。二人はいろいろな失敗もしました。 苦しみ喜びも、彼らは共に味わってきたのです。

愛する者の死の悲しみは、私達の人生における一つの試練です。けれどこの試練を通しても、神アドナイが共にいて下さる者達は、そこに神の働きを発見し、見つめてゆくのです。

1) 愛する者に死が訪れた時、そこに神アドナイがおられたこと。

2) 全ての者の命は、私達を創造された神の手の中にあること。

3) 全ての命の基である神を、畏れ自分に与えられた日々を生きる。

アブラハムは妻サラの死を通して、その晩年の日々に何を備えてゆくかを見つめ直しました。それは彼が神の約束の言葉を聞いて旅立ったその日から彼の人生の課題になっていたことでした。

彼等が聞いた約束は二つの事です。その約束は数十年の間にさらに具体的になります。

1) 神が示す地に行く。その場所カナンが新しく神アドナイによって与えられる土地

2) サラから生まれる子どもによって大きな国民が生まれ、神の祝福が伝えられる

第二の約束は既に、サラが産んだ息子イサクによって既に小さな芽を出していました。

そして今度はサラの死によって第一の約束が実現し始めるのです。

 アブラハムがカナンの地で得た最初の土地が、墓だったということにこそ、彼の信仰の証があります。墓はかつて生きていた人々の記念碑です。

アブラハムの妻サラの墓は、彼らがカナンの地で神の約束を一番大切にした人として生きたことの証となるのです。そして、この地の人々との関わりの中でアブラハムがこの墓を所有した事で、信仰を持って故郷を離れ、神アドナイと共に生き続けた人々の歴史を、カナンの人々に証続けているのです。

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子どもメッセージは、終戦(敗戦)記念日(8月15日)についてでした。

私達の祈り

1)昔戦争で亡くなった人たちの悲しみを覚えて。

  2)今争いの中に苦しんでいる人達のために。

  3)「戦争はしません」という思いを込めて。

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北海道は涼しくなっています。夏バテのこの時期、元気を頂きました。




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# by hiraoka-joyful | 2018-08-12 14:33 | トピックス  

8月5日18年今日の糧

子どもを受け止め抱きしめる時

創世記2112節から21

今週はアブラハムを巡るもう一人の女性ハガルのことを語りました。この女性は神アドナイによって生きる力を得た人の代表です。

 この時父アブラハムは長男17歳になる長男イシマエルと、3歳になった次男イサク2人の子どもに恵まれ、幸せを感じる日々を送っていたことでしょう。ところがここに父アブラハムを深い苦しみの日々に突き落とす出来事が起きました。それはイサクのお披露目の時に起きました。この大切な席で、イサクをからかい笑っているイシマエルの態度に、イサクの母サラは危惧を覚え訴えます。 サラの言葉はアブラハムを非常に不愉快にさせ、二人の息子の行く末について不安を覚えさせます。このような状況に陥った家族は不幸です。それを打開させて下さったのが、神アドナイがアブラハムに掛けた言葉です。アブラハムはそれに従ってハガル達を外に出すことを決めました。アブラハムは旅の無事を願いつつ十分な水とパンを与えます。

16章を読むと、ハガルはかつて息子を産む前、女主人の下から逃げたとき、泉も井戸も目にしています。ハガルは迷わないで、その泉への道、井戸への道を進めば良かったのです。ところがハガルは18年間、彼女を見守り続けていた神アドナイと出会った事、出会った場所、約束の言葉を忘れたのです。だから彼女は方向違いのベエル・シェバの荒野で迷いました。 

彼女は完全に絶望します。その時、彼女はこの17年間彼女の支えであり、希望だったイシマエルを捨てようとします。このイシマエルの苦しみは、その母より深いものでした。彼の絶望は、自分が育った父の家を追い出されたこと。それは彼が今まで暮らしていた世界から抹殺されたのと同じ事です。しかも自分という存在が、自分の未来を悲観した母親から抹殺されたのです。

 イシマエルは苦しみの中で泣いた。その声は母にも父にも聞こえません。

唯一彼の声を聞いたのは神アドナイでした。

 神はハガルに語りかけます。「ハガルよ.恐れるな。その子を立たせ起こし、抱きしめよ。」

神アドナイは私達の中に生まれた絶望を拭う方です。そして私達が抱きしめた現実の中に具体的な助けを与えます。その後イシマエルは母と共に、自立した人生を送ります。それは彼等がアブラハムとサラの元では決して手にすることが出来なかった、自分達らしい生き方歩みでした。そして神はそんな彼等と共におられました。

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地図を見ながら読むと彼等の状況が解ります。

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夏野菜が沢山入っていました。


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# by hiraoka-joyful | 2018-08-05 13:35 | トピックス  

8月5日18年今日の糧

子どもを受け止め抱きしめる時

創世記2112節から21

今週はアブラハムを巡るもう一人の女性ハガルのことを語りました。この女性は神アドナイによって生きる力を得た人の代表です。

 この時父アブラハムは長男17歳になる長男イシマエルと、3歳になった次男イサク2人の子どもに恵まれ、幸せを感じる日々を送っていたことでしょう。ところがここに父アブラハムを深い苦しみの日々に突き落とす出来事が起きました。それはイサクのお披露目の時に起きました。この大切な席で、イサクをからかい笑っているイシマエルの態度に、イサクの母サラは危惧を覚え訴えます。 サラの言葉はアブラハムを非常に不愉快にさせ、二人の息子の行く末について不安を覚えさせます。このような状況に陥った家族は不幸です。それを打開させて下さったのが、神アドナイがアブラハムに掛けた言葉です。アブラハムはそれに従ってハガル達を外に出すことを決めました。アブラハムは旅の無事を願いつつ十分な水とパンを与えます。

16章を読むと、ハガルはかつて息子を産む前、女主人の下から逃げたとき、泉も井戸も目にしています。ハガルは迷わないで、その泉への道、井戸への道を進めば良かったのです。ところがハガルは18年間、彼女を見守り続けていた神アドナイと出会った事、出会った場所、約束の言葉を忘れたのです。だから彼女は方向違いのベエル・シェバの荒野で迷いました。 

彼女は完全に絶望します。その時、彼女はこの17年間彼女の支えであり、希望だったイシマエルを捨てようとします。このイシマエルの苦しみは、その母より深いものでした。彼の絶望は、自分が育った父の家を追い出されたこと。それは彼が今まで暮らしていた世界から抹殺されたのと同じ事です。しかも自分という存在が、自分の未来を悲観した母親から抹殺されたのです。

 イシマエルは苦しみの中で泣いた。その声は母にも父にも聞こえません。

唯一彼の声を聞いたのは神アドナイでした。

 神はハガルに語りかけます。「ハガルよ.恐れるな。その子を立たせ起こし、抱きしめよ。」

神アドナイは私達の中に生まれた絶望を拭う方です。そして私達が抱きしめた現実の中に具体的な助けを与えます。その後イシマエルは母と共に、自立した人生を送ります。それは彼等がアブラハムとサラの元では決して手にすることが出来なかった、自分達らしい生き方歩みでした。そして神はそんな彼等と共におられました。

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地図を見ながら読むと彼等の状況が解ります。

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夏野菜が沢山入っていました。


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# by hiraoka-joyful | 2018-08-05 13:35 | トピックス  

7月29日18年今日の糧

笑うのに時がある

創世記21章1~7節

3:1 何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。

3:4 泣く時、笑う時/嘆く時、踊る時

3:8 愛する時、憎む時/戦いの時、平和の時。(コヘレトより)

 今日の箇所はアブラハムの妻サラに笑う時が訪れた事が記されています。この女性は90歳になっていました。聖書に登場するのは65歳ぐらいの時です、この時彼女はサライという名で呼ばれています。そして聖書はこの女性が65歳から90歳になるまで、心から喜んだことがなかったこと。けれど90歳になって、もの凄い喜びが訪れた事を記しています。この時サラは、自分が生んだ息子は神アドナイが自分の人生に心からの笑いをもたらすために、与えてくれたと告白しています。まさにこの告白の中に、神アドナイが祝福の約束として、他の誰でもないサラから生まれる子にこだわった理由があるのです。神アドナイは民族主義者のように、アブラハム一族に属し信仰を一にするサラという女性にこだわったのではありません。神アドナイがサラの子どもにこだわった理由は、サラが神アドナイの親友とされていたからです。親友だからこだわったのです。

 神の親友サラがいつも心の奥底に仕舞い、そして彼女の心を痛めつけていたのは、子どもを産むことが出来なかったために、一人の人間として軽く扱われてきたことです。(それは私達の中でも起こります。他者がもっている者を持っていないために、自分を卑下すること。 また、他者から軽く扱われること。)彼女は、表面上それを受入れ、諦めたように夫アブラハムや家の者に振る舞っていました。そして自分は夫にとって役立たない者だから、彼等が立ちよった土地の権力者達に側女として与えられそうになっても、表面上は何も言わなかったのです。けれど彼女は、心の中で叫び続けていました「何故私は一人の女性として、人間として扱われないのか。」この苦しみを神アドナイだけが聞き取り、彼女が心から笑えない現実を全く変えて下さったのです。そして確かに神の憐れみは常に彼女と共にあったのです。

主は彼らの救い主となられた。彼らの苦難を常に御自分の苦難とし/御前に仕える御使いによって彼らを救い/愛と憐れみをもって彼らを贖い/昔から常に/彼らを負い、彼らを担ってくださった。

(イザヤ書より)

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冷やし中華ありました。たべたら元気になりました。


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# by hiraoka-joyful | 2018-07-29 13:29 | トピックス