人気ブログランキング |

7月14日19年今日の糧

宣教題「聖書の描く女性像から」―聖書女性編版画展に寄せて

聖書箇所 創世記2章1824節  大久保法幸執事


神様が創られた世界は何一つ欠けた物のない完璧な世界だったはずですが、2章18節を見ると神様はこう言われました。「人がひとりでいるのは良くない。」その言葉は、人が一人で生きているのは、ちょっと何かが足りないことではなく、根本的に不完全な状態であることを示しています。神様がその状態は良くないと見て、その状態を変えなければいけないと行動を起こされたのです。

ですから、人アダムに合った、ふさわしい助け手とは、「人と合い対して向き合い、しっかりと告げる、あるいは宣言し説明する者」としての助け手です。つまり、

人とまっすぐに向き合って話す者、人のために造って下さった本当の意味での助け手です。

そしてこの二人がそろったときに、男性女性という性の概念が生まれました。

 



28節「男は妻と結び合い」この「結び合う」と訳されている言葉(デベク)は非常に強いことばで、抱きついて離れない、という行動の面と、相手を愛し、相手に対して忠誠を誓うという内面の思いの両方を意味します。

ここで創世記が伝える一組の男女の結婚を紹介します。

イサクは、神の不思議な摂理によって引き合わされた一人の美しい女性リベカと結婚しました。聖書は、彼の結婚についてこう記しています。
 「イサクは、その母サラの天幕に彼女を案内した。彼はリベカを迎えて妻とした。イサクは、リベカを愛して、亡くなった母に代わる慰めを得た。」(創世2467

イサクが愛する花嫁を連れて行った場所は、「母サラの天幕」でした。

聖書では、神は「天の父」と呼ばれ、一般に父性的なかたとして表されています。では、「天の父」はおられて、「母」はいないのでしょうか。
 聖書は、天国のことを、クリスチャンたちの「母」と呼んでいます
「天のエルサレムは、いわば自由な身の女であってこれはわたしたちの母です。」(ガラ426

イサクはリベカを迎えた。そして母サラの天幕に連れていき、彼女をめとった。これは、母なる天国にイエス=キリストがクリスチャンたち(教会)を連れていって婚姻に入ることを表わしていると言えます。 

d0224356_13451917.jpg
ラクダに水をやるリベカの版画
d0224356_13450720.jpg
聖書版画展 絶賛開催中


# by hiraoka-joyful | 2019-07-14 13:52 | トピックス  

7月14日19年礼拝のお知らせ

7月14日  礼拝宣教は大久保法幸執事です

「聖書の描く女性像から」―聖書女性編版画展に寄せて

聖書箇所 創世記2章1824

d0224356_20112632.jpg

特別なお知らせがあります。


710日から野幌公民館で

聖書物語女性編版画展を開催しています。

聖書、み言葉への導きとして、そして私自身の“あかし”の場として、あえて、公共施設の廊下ギャラリーというオープンスペースで開催していることに福音の業として意義づけています。

そもそも聖書時代、いわゆる父権社会、男尊女卑の世界、文字どおり物の数にも入れなかったものが何故、これほど沢山の女性たちが登場するのでしょう。表立つもちろんイエスを中心とした筋書きに登場する男性と対比するように、陰にまつわる女性の姿がたくさん出てきます。女性の特質である、優しさ、強さ、母性、・・・をとらえたストーリーは彼女たちの、悲しさ、嘆き、迷い、幸福とともに、ことさらに真理を際立たせています。


礼拝に来てから聖書版画展に行きますか

聖書版画を見て礼拝に来ますか

見てから来るの 来てから見るの


どちらでもOKですね


d0224356_20112632.jpg


# by hiraoka-joyful | 2019-07-10 20:14 | 集会案内  

7月7日19年今日の糧

神の計画を知るとき

創世記45章1-15節

ヨセフを襲った兄弟の裏切りから始まった流浪の生活。牢獄の苦難。故郷を捨ててエジプトで生きることを受け入れた日々。そして家族との再会。ヨセフは自分の人生を振り返り、そこに神の計画を見つめています。

1.ヨセフがエジプトに売られ、家族と分かれ寂しい年月を送ったのは、家族を救うための神の計画だった。

2.どうしても相容れなかったヨセフと他の兄弟たちとの和解が出来た。

3.神が祝される民へと育てられて、エジプトから約束の地へと帰る。

創世記のヨセフ物語はその後もヤコブの死、ヨセフの死と続きます。そしてヤコブの一族は、パレスチナの遊牧を生業とする小さな一族の生活を捨てて、大エジブトの権力者ヨセフの庇護の下に居ることを選び取ります。彼らの子孫は、ヨセフの功績をエジプト王が忘れてしまい、その人々を一介の奴隷として扱っても、なおそこを離れることが出来ずに、とどまり続けたのです。神に祝福されたはずの家族が、奴隷になり、約束の地で神を礼拝することも出来ず、その名を呼ぶこともなくなった。そのような悲惨な民の歴史が始まった。その発端もここにあるのです。

 ヨセフはそのことを知らずに死んだのでしょうか。

いえ、ヨセフはあくまでもエジプトは仮の場所であって、一族は神が約束された場所に必ず帰ることを信じて見つめています。

このように神の計画を知るのは、私たちが自分の過去を分析して、意味づけをする時に、それが分かることだけでないのです。

 もっと大切に見つめなければならないのは、その過去の出来事から、これから神がなしてくださる出来事を、主なる神が見せてくださる幻によって確かに見つめることなのです。

主の恵みを数えることは、私たちに今の現実の厳しさを忘れさせますし、喜びも与えます。

けれど教会に集う私たちが、単に主なる神の恵みを数えるだけでは、ヨセフの兄弟と同じ轍を踏むことになります。私たちは過去の出来事に縛られ、自分たちが置かれている状況や環境が変わろうとも、その過去から動くことが出来なくなるのです。  

私たちは過去に起きた出来事の奴隷ではありません。神への感謝を現しながら、次の一歩に足を踏み出す者たちなのです。 

 なぜならば、私たちを救ってくださったイエス=キリストが、私たちには進むべき場所、見つめるべきところがあるのだと伝えているからです。

d0224356_23591885.jpg
d0224356_23593149.jpg
            メロン付きのお昼ご飯です。


# by hiraoka-joyful | 2019-07-08 00:02 | トピックス  

7月7日19年礼拝のお知らせ

神の計画を知るとき

創世記45章1-15節


日髙龍子姉


礼拝の中で主の晩餐式があります。

礼拝後の昼食も再開されます

お楽しみに


d0224356_06265137.jpg




# by hiraoka-joyful | 2019-07-06 06:28 | 集会案内  

6月30日賛美礼拝今日の糧


今日は賛美礼拝でした。

イエス=キリストに感謝して

今生かされている日々に感謝して

神に与えられているすべてに感謝して

豊かな自然に感謝して

キリストにある友と礼拝に集う幸福を感謝して


賛美しました。


聖書  フィリピ4章6節

メッセージと賛美さんび 「おもなやみをゆだねる」 橋下はしもと しゅういち


d0224356_13015233.jpg
d0224356_13014121.jpg
古くからの友人と賛美
d0224356_13012855.jpg
美しい歌声が響き
d0224356_13011461.jpg
            礼拝に集う喜びを賛美

          この一週間、あなたの心と唇に賛美

# by hiraoka-joyful | 2019-06-30 13:09 | トピックス