10月1日17年今日の糧

勇者が罠に陥らないために

士師記8222733


晩年のギデオンは、名前こそ王ではないが、実質は当時の王族とさほど変わらない生活をしていたようです。そして側女の子アビメレクが父の死後、イスラエルの中で王となろうとしました。その仕業によって、ギデオンの息子達は死に絶えます。また王としてふるまうこと以上に、ギデオンが金のエフォドを造って、自分の町においたことで、イスラエルの何代もの人々に悪影響を与えます。さらにギデオンの死後、再び主なる神がして下さった慈しみと真の業が横に置かれるようになります。バアル・ベリトとは契約のバアルと言う名を待つ偶像です。士師の死は、再度イスラエルから、自分達を奴隷から解放した神の慈しみを忘れさせました。イスラエルに与えられた厳粛な契約、シナイ契約以外イスラエルの民に、契約と呼べるものはあり得ないのに、それが曖昧になったことが、バアル・ベリトの名前から見えてきます。


私たちは、ギデオンの物語を3週にわたって読んで来ました。彼は酒舟の中で主なる神に召された時、汗と小麦の殻と小麦まみれで働いていました。しかし主なる神はこの貧しい若者にイスラエルの民を苦しめていたミディアン人と戦うように、使命を与えます。主が共に居られる。その主なる神の力によって勇士となる。それが彼に与えられた言葉でした。彼はその使命を果たしたにように見えました。しかしギデオンは、戦いに関しては勇敢でしたが、大家族の統一、手にした財産や民の心を掌握することについて不首尾でした。その事実を聖書の書き手は冷静にみつめ記しています。
聖書は神に選ばれた人を通して人間の本質を私たちに伝えます。
このどうしようもない人間の本質に寄り添って、救いの道を、真の神の元に立ち返る道を切り開き続けた神の愛と慈しみを、聖書は伝えています。 
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エフォド
        
         

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          リンゴはHさんの庭から お菓子は新潟


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by hiraoka-joyful | 2017-10-01 14:32 | トピックス  

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