11月12日17年今日の糧

君をおんぶする神

イザヤ4614

私たちを背負う神は、大きな安心を与える神です。

主なる神は、自分に頼る者が持つ苦悩をご自身の問題として背負う。そのように預言者は語っています。

神は背負い、救い出すと宣言しています。救い出すことは背負うことと同じです。

神はその人を、その人が背負っている重荷と一緒に自分が背負うのです。

 原文より。

あなた達は聞け(命 男複)わたしに 家よ ヤコブの そして全ての 残りの者よ 家の イスラエルの 負われている者達(受、分)

から 胎(男・単) 担われている者達(受、分)から 子宮(男・単)

そして~まで 老年(女性・単) わたしは(ANI) それ(彼=男・単~胎、子宮)そして~まで 白髪 わたしが(ANI) わたしが背負う

わたしが(ANI) わたしが造った そしてわたしが(ANI)わたしが担う そしてわたしが(ANI)わたしが背負う そしてわたしが救う

「わたし」と繰り返される言葉は、主なる神のただならぬ決意を表しています。

今日の宣教を準備しているとき、私は以前経験した事によって、一つの示唆を受けました。

15年前、タイでの洪水の日、学校のクラブバスが立ち往生して数時間止まってしまいました。娘がそのバスに乗っていました。そのままでは食事も出来ず、トイレにも行けません。車は使えないので、歩いて迎えに行ったのです。

娘は小学校3年、ギリギリ背負うことは出来ました。だから少し迷ったが、決心してバスが止まっているところを目指しました。停電で通りは暗く、歩道も穴があって危ない。娘は自分のランドセルを背負い、私はその娘を背負い、渋滞している車の間を進みました。しかしそれも彼女がしっかり背中にしがみついていたから出来たこと。歩いたら15分の道だから出来たことでした。

それが長い距離ではどうでしょう。彼女はわたしの背中にしがみつくことが出来ずに、わたしも重さに耐えかねて、彼女は水の中に落ちてしまったでしょう。

ここで主なる神は、「わたしは胎・子宮だ」と宣言しています。

その神の姿は私たちの想像を超えています。つまり神が背負う時、

まるで主なる神の背に子宮のような安全な場所があって、

その中に私たちを避難させて、主なる神と一体となって運んで行くのだ。と言われているのです。

これが主なる神が私たちの人生に関わる、関わりかたです。

このかたに信頼しないのはもったいないです。子ども時代だけでなく、私たちの人生全ての場面において、主なる神は信頼する者を裏切らない方なのです。

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      心づくしの食事を頂きました。


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by hiraoka-joyful | 2017-11-12 13:44 | トピックス  

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