4月15日18年今日の糧

揺るぎない土台がある415

Ⅰコリント3章9-15節

パウロが語る福音を聞いて、イエス・キリストの恵によって神を礼拝するために人々が集うようになった時、パウロは建物の土台を据えたと表現しました。土台がしっかりしなければ、建物は時間が経てば崩れてしまいます。ですからパウロは知恵を用い、言葉を選び、聖霊の働きを祈りながら働いたのです。

パウロはその上で、コリントにある教会に、みなで土台の上に目に見える教会の姿をつくってゆくと言います。その時とても大切なことがあります。第一のことは、どの土台の上に建てるかということです。十字架につけられたキリスト、これが、パウロが据えた土台です。イエス・キリストが十字架にかかって死んで下さったことによって、神私達の罪を赦して下さった信仰です。 次は、どのような素材を用いて建てるかです。

そこにパウロは六つの素材を列記します。

金・銀・宝石(大理石・宝飾の石)~価値ある物

木・草・藁 ~無価値な物

ここで価値がある物とは、その材料の金額の事ではなく、材質のことです。

  その材質で、一番大切なのは救い主イエス・キリストがあらわされた神の愛に見合うのかということです。神はその独り子を与えて下さるほどに私たちを愛して下さった。その愛という土台としっかりかみ合い結び合う素材は、キリスト者の友や家族隣人への愛です。その素材によって、自分の人生を、また教会をたてあげるようにパウロは伝えます。しかし、私たちは神の愛に照らし合わせて、他者に仕えているかと吟味するとき、私達が行っていることがいつまでも残る材料のように価値あることをしているかといえば、胸をはって、行っていますとはなかなか言えません。

そのような私たちにパウロはここで豊かな救いを語っています。私たちのキリスト者としての行いが、どのように成果が見えなくても藁の家のように小さな火で燃え尽きるようなことを繰り返しても。しかし私達自身は、火の中をくぐり抜けて来た者のようにではあるが、救われると語るのです。なぜならイエスが十字架で最も厳しい裁きの火を自分の身に受けて下さったからです。

だからこそ私たちの歩みは、失敗したら滅ぼされてしまうとビクビクしながら生きるようなものではありません。私たちは、私達を愛し抜いて十字架につけられ、復活した主イエス・キリストという揺るぎない土台を与えられているからです。

d0224356_13311029.jpg

パウロが伝えた福音によって教会が生まれた

d0224356_13302518.jpg


[PR]

by hiraoka-joyful | 2018-04-15 13:32 | トピックス  

<< 4月22日18年今日の糧 4月8日18年今日の糧 >>