4月29日18年今日の糧

神の栄光に包まれて生きる

第一コリント1023111

私達は自由を与えられているのでしょうか。イエス・キリストを信じるキリスト者には確かな自由が与えられています。それは一つの食事が現しています。イエス・キリストが与えてくださったパンとブドウ汁をいただく主の晩餐です。 平岡ジョイフルチャペルでは、月に一度、主の日にこれを頂きます。信仰者はこの食事だけを吟味して食べます。イエスの救いに感謝して食べるのです。イエスの命に生きる決意をもって食べるのです。そしてそれ以外の食事に関しては全く自由です。それは私達がどのような生き方で歩もうとも、私達をイエス・キリストの救いの恵から引きはなさい、全く自由であることに繋がります。そしてその様な生き方を赦されているからこそ、自分の人生を自分のためだけに消費し尽くすのはもったいないのです。火をつければ灯りとなる蝋燭のように、私達は神の手で既に整えられているのに、もっともっと太い蝋燭になる事だけを追い求めて、灯りを灯そうとしないならばどうでしょう。

 そうではなく、どのような事にも隷属することないように、真実な神が私達を神の子どもとされたのだから、与えられた自由を用いて何をするにしても、私達は

1) 他者が見てイエス・キリストの愛が解らなくなるような言動をしない。

2) 他者が見てイエス・キリストの片鱗を見出すような言動をする。

そのように生きなさいと、パウロは促しています。

ただ勘違いしてほしくないことがあります。

パウロは私達に、イエス・キリストになれと言っているのではないのです。罵られても罵り返さず、屠り場に引かれていく小羊のように生きて、人類を救う事など、私達には出来ないからです。

11:1 Imitate me, just as I also imitate Christ.

  私達はイミテーションです。全てを照らす真の光が、イエス・キリストならば、神に創られた小さな蝋燭、それが私達の灯せる光です。風が吹けば炎が揺らめき、小さくなりやがては燃えかすとなる。しかしそれでも私達はイエス・キリストの片鱗を、その光の暖かさを、希望を伝えてゆく事が出来る。

パウロはそのように、励ましているのです。

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今日は皆で、窓ガラスを磨きました。綺麗になりましたよ。


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by hiraoka-joyful | 2018-04-29 12:57 | トピックス  

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