10月28日18年今日の糧

使徒行伝2:37-42

イエス・キリストに出会った人々の生活

私達は毎週日曜日の朝礼拝を守っています。いったいなぜそんなことをしているのでしょうか?キリスト教国でもない日本で、しかも冬場になったら様々な困難がある北海道で、なぜ教会や、そこに集うキリスト者の群れがいるのでしょう。この不思議な集まりである教会は、たった一つの問いから始まりました。
 「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」。

 この答えは「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」でした。これは教会が伝えてきた福音、善い知らせです。

)「悔い改めなさい」

本来の意味から言えば、心の向きを変えることです。自分で自分の心の向きを180度転換するのです。  

2)「めいめい、イエス・キリストの名によってバプテスマを受け」

バプテスマは、私たちが、イエス・キリストを救い主だと信じて、その十字架の死と復活とにあずかり、新しい命に生きるために神が用意した場です。ターニングポイントから、次の一歩を踏み出すステップ台です。バプテスマはイエス・キリストによる神の恵みによって、私達の罪が赦されたことを私たちの体験に刻みつける場なのです。そしてこのバプテスマと結びついているのが、

3)「そうすれば、賜物として聖霊を受けます」ということです。

バプテスマを受け、罪の赦しの恵みを刻みつけられた者は、神の息吹=聖霊を、賜物=神からのプレゼントとして受けます。それは何かミステリアスな力を得るプレゼントではありません。教会に加えられ、そこで様々な働きをして行く力を得るプレゼントです。自分に与えられた神からの使命に生きる力を得るプレゼントです。 礼拝後永幡肇氏を囲んで「グルントヴィと賀川豊彦」という題で講演を聴きました。グルントヴィも、彼の影響を受けた賀川豊彦もビジョンを持つプレゼント、愛に生きるプレゼントを神からもらった人達です。

イエスに召された教会は福音のことばを2000年間語り続けて来ました。それは平岡ジョイフルチャペルも同様です。時に喜び、時にがっかりしながら、その度にイエス・キリストの赦しと愛に向かって方向転換を続け、イエス・キリストを告白してバプテスマを受ける一人一人を家族のように愛し続け、相互の交わりを続け、礼拝を守り続けてきました。そして共に北海道に生きる沢山のキリスト者の友と祈りあい助け合って来たのです。

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カナダリッチモンドバプテスト教会の証
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         永幡先生の講演
今日は沢山ごちそうがありましたが、写真を撮っていませんでした残念


by hiraoka-joyful | 2018-10-28 14:25 | トピックス  

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