11月18日18年今日の糧

「教会学校と紙芝居」

~紙芝居、四方山話~

マタイ1810

「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。」

紙芝居が娯楽としてだけではなく、教育の道具、今で言う視聴覚教材として注目されたのは昭和の初期でした。そしてその「教育紙芝居」の普及に大きな貢献したのが、日本のキリスト教会でした。紙芝居の研究書を読むと、必ずと言って良いほど登場するのが、今井よね(1897-1968)という女性です。この方は三重県の津生まれで、富山や東京で学校の教諭をしましたが、賀川豊彦との出会いによりキリスト者となり、アメリカ・フィラデルフィアで神学を学び帰国します。当時、街頭紙芝居が盛になりはじめたころで、日曜学校や教会の伝道に携わっていた今井は、子供たちから紙芝居の話しを聞き、実際にそれを見に行きます。すると子ども達が食いるように紙芝居を眺めているのを見て、紙芝居を日曜学校の教材として用いようと考えます。そして1933年(昭和8年)年に設立したのが「紙芝居刊行会」でした。最初に出版した紙芝居が『クリスマス物語』で、今井よねが脚本を書き、板倉康夫が画を描きました。これが日本で最初の印刷紙芝居といわれます。それまで、紙芝居は皆手書きでした。今井よねは紙芝居を使って日曜学校でまた街頭でも演じ、それが日本中の教会に広がっていきました。今でも、大概の教会には聖書紙芝居(福音紙芝居)があります。また今でもキリスト教視聴覚センターでは紙芝居を印刷販売しています。このように日曜学校・教会学校と紙芝居は切っても切れない関係となったのはこの時代からです。

マタイ810の箇所はイエス様がどんなに小さいもの達に寄り添い、小さい者の目線で語りかけておられたかを知ることの出来る箇所です。人の目には小さいと見られている者も、神の前では等しく貴く大事なものだということを教えています。貧しい時代の日本では、子どもは軽んじられがちだったのですが、子ども達に真剣に向き会い、子ども達に福音を伝えるために紙芝居をつくる会社を思いついた今井よねや私たちの先輩のキリスト者の姿に、私達も学びたいと思います。(日高嘉彦協力牧師)

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古くて新しい庶民芸術 紙芝居
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by hiraoka-joyful | 2018-11-18 13:32 | トピックス  

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