1月13日19年今日の糧

それでもイエスは、神の恵みを伝える

ルカ41624

イエスは安息日にナザレの村人と村の会堂で礼拝を守ることを習慣にしていました。

 またイエスは礼拝の中で聖書読む役目を行っていました。

当時、会堂(シナゴーグ)は、人々が集まって礼拝を行い、ここで教育を受けていた場所です。安息日の集会では律法朗読、預言書朗読が行われました。律法と預言の箇所は読み手によって自由に選ばれました。読み手は文字をちゃんと読める人で、聖書について深い造詣がある人です。

村人の中でもその任に立てる人は少数で、イエスもその一人でした。

イエスは今、このナザレで読むべき預言書の場所を見つけます。その箇所は、数百年も前に一人の預言者が神から託された負債解放の言葉でした。彼はまずナザレの人々に、この解放の宣言を伝えたかったのです。

イエスはナザレの村人が貧しく、そして他所のことをうらやむほどに縮こまり、自分達が未来に向かってどう生きるか見えないまま過ごしている事を一番痛感していました。だから自分を育ててくれたこの村人にイエスは語りかけました。ナザレの村人がたとえ貧しさにあえいでいても、人を恨み、神を呪うのではなく自分達よりさらに弱い者を踏みにじることで満足するのでなく、

本当に苦しんでいる、死にかけている程の人々に、憐れみの心で接するなら

あなたの闇は消える。必ず主なる神があなたを助ける

それが彼等にイエスが伝えた福音であり、今この言葉を聞く私達に伝えている福音です。

 イエスの福音は村根性の中では育ちません。 特権を欲しがる気持ちの中では根腐れするからです。

 ナザレの人々は、まずは自分の身内を豊かにせよと、口にはだしていません。しかし彼等の目は口ほどにものを言っていたのです。既に彼等の心の中ではその言葉、「医者よ、自分自身を治せ、何故わしらに慈愛を与えないのか」という言葉が渦巻いていたのです。イエスはその問いにアーメンと答えました。イエスは村根性に生きる彼等にも、真実に答えるかたでした。

イエスは誰に向かってアーメンと応答しているのでしょう。

  それは拒否され続けるイエスを彼等の中に送り、福音を語らせ続け

イエスを見つめるもの達に、神の愛を究極まで見せ続けた方への応答です。

ナザレの人々を、そして今日この言葉を聞いた私達を真実に愛した主なる神への応答です。

d0224356_15393600.jpg
d0224356_15374120.jpg
このあんかけの中には、ホタテが入っていました。(美味)


by hiraoka-joyful | 2019-01-13 15:57 | トピックス  

1月6日19年今日の糧 >>