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11月24日19年 今日の糧

マルコ福音書のイエス (7)慈悲があり過ぎた人   三上 章

「彼らはイエスの教えに驚嘆した。なぜなら彼は異能をもつ人のように,彼らを教えていたからである。文字の人たちのようにではなく」 マルコ福音書 122

 イエスは「異能をもつ人」であった。「異能」と訳したエクスーシアは,能力・強さが原義である。イエスは悩み苦しむ男性を即座に救うことができたのであるから,その力は普通の人間なみではない能力,異能である。その異能とは,仏教の言葉をかりるなら,慈悲の異能である。イエスはなみはずれた慈悲の力をもっていた。

 鎌倉時代・中期,ハンセン病患者のために一生をささげた律宗の僧がいた。その名は,忍性(1217-1303)である。東大寺の官僧たちは,ハンセン病患者を「非人」として切り捨て,ハンセン病患者のお風呂が近くにあるだけで,けがれるとして忌避していた。忍性とその仲間は,極楽寺を拠点として,ハンセン病患者の体にお湯を流して,垢をこすってあげるという,直接触れる救済活動をした。この活動は,鎌倉幕府からも尊敬を集めた。師の叡尊をして「忍性は慈悲があり過ぎた」といわしめた人物である。まさに鎌倉時代版マザーテレサである。(松尾剛次『忍性』(ミネルヴァ書房,2004年)175-177頁を参照)。

# by hiraoka-joyful | 2019-11-25 22:52 | Comments(0)  

11月17日19年今日の糧

聖書 ローマ 10章13節〜17節

宣教 『委ねられた宣教』 (映像投写による要旨)金子() 弘先生

序《エクアドル 東部ジャングル殉教小史》 南米エクアドルの国土と人種構成


あかし

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主に仕える導きの実務として、妻と共にラジオ伝道、旭川開拓伝道、南米宣教、中標津・別海教会と幼稚園に携った。

転居は24カ所、寄留者・旅人(ヘブル11;13)そのものであった。

召命(ローマ11;29、?コリント7;17)に忠実でありたいと願いつつも

「不束物でなすべき事をしたに過ぎず(ルカ17;10)」

「無学な只人(使徒4;13)だったのは否めない。退任後は伊達紋別で母の介護を兼ねながら家の教会10年。

その後北広島時代に白石教会移籍。2013年八十路を越え、家族の勧めで江別住民となる。

何れにせよ、世から選ばれ世に遣わされた者として、

分に応じた「地の塩・世の光」として生かされて生きる、イエスの平和に倣う歩みでありたいと願っている。

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# by hiraoka-joyful | 2019-11-17 15:34 | トピックス  

11月10日19年今日の糧

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宣教:「与えなさい―ウガンダでの3年間を振り返って」

聖書箇所:ルカの福音書 第6章 27節から38節    蒔田浩平兄

 20169月から20199月まで、東アフリカにあるウガンダにて、酪農学園大学は酪農振興の国際協力機構(JICA)草の根技術協力プロジェクト(ムバララ県安全な牛乳生産支援プロジェクト)を実施して来ました。

1.聖書の箇所から

627節:あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎むものに善を行いなさい。

27節から34節まで、「あなたの隣人をあなたのように愛しなさい」を実践するために、「誰が隣人なのでしょうか?」ということについて多くの例を挙げています。身内、仲間、友達だけでなく、「敵]、(自分が、そして相手が)嫌っている相手、敵対している相手も愛し、善を行いなさいと書いています。

しかし私達の生活の上での「敵」とは、誰あるいは何でしょうか?それは、自分と意見を同じくする人、組織以外のもの全てではないでしょうか?時間の流れの中で、一時的にそのような関係となっている人、組織などを指すのではないでしょうか?

それでも、その全ての人が隣人であると、言っているのではないでしょうか?

とても身近なところでも、関係が悪くなることはあります。隣人とも関係が一時的にでも悪くなる場合についても、ここでは含まれるように思えます。

 35節では、敵まで愛する理由・動機を述べています。それは、悪人にもあわれみ深い神様の子供になれるという報いがあるから。

 37節では、さばいてはいけない、罪を許しなさいということ、そしてその動機:自分も赦されることが書かれています。

638節:与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。

人に与えるということは、自分の量りにおいて、与える相手の価値が高い、とみなすこと、と言っています。あなたは価値が高いよ、と言われた相手はそれを覚えていて、自分の価値を高いと言ってくれる人は、やはり自分にとっても価値が高い人だ、と思ってくれるということではないでしょうか。ただこれは、御言葉のトレーニングと、聖霊の働きによって、自然に愛する、与える経験が出来た時によく分かることなのかも知れません。

2.JICA草の根・ムバララ県安全な牛乳生産支援プロジェクト

プロジェクトへの応募の段階で、小さな私立大学がアフリカで活動する大型予算を取ることは、多くの人々の反対を受けました。しかし応募、そして採択へと進んでいきました。

国際協力では援助慣れ、が大変大きな課題です。しかし厳しい予算も事実です。資金面での苦しさが、両国の関係者の関係悪化にも繋がっていきました。

プロジェクトが動かなくなる状況で、わずかな支援の決定と、成果の伝達・あきらめない駐在専門家の地道なコミュニケーションが、事態を好転させていきます。

多忙の中走り抜けた3年間、最後に見た景色は、まさに38節でした。


# by hiraoka-joyful | 2019-11-10 17:07 | トピックス  

11月3日19年今日の糧

聖 書 出エジプト記 17章 1節〜7節

宣 教「モーセ、ホレブのて」 三ツ木芳夫先生

エジプトの圧政から脱出するため主が用いられた器がモーセであった。

ファラオは十回に及ぶ神の裁きに直面し、不承不承イスラエルの脱出を許した。
そこでイスラエルの民は、モーセに率いられエジプトを出発した。

神がなさる不思議を体験しながらシナイ山へと向かった。

主の命令でシンの荒れ野を出て、無事にレフィディムへの旅を続けて宿営地に到着した。

しかしそこには、水がなかった。

民は渇きで気も狂わんばかりにモーセに怒りをぶつける。
「民に殺されそうです。」モーセが神に訴えた言葉です。

神の答えは「見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。

あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」

モーセは連れて来た長老たちの目の前でそのとおりにした。

旅の途上で生ずる飢えや渇きが問題なのではない。

エジプトから脱出させてくださった神を信頼せず疑うことが問題なのだ。
モーセは神が示された解決方法の前に立つ。

モーセのとった行動をとおしてメッセージを受け止めていきたい。


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今日は主の晩餐式がありました。


 11月6〜17日

大久保兄の聖書版画展(野幌公民館)が開催されます。


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     以前の様子です。



# by hiraoka-joyful | 2019-11-03 16:25 | トピックス  

英語で聖書を読もう

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# by hiraoka-joyful | 2019-11-01 21:03 | 集会案内