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10月27日19年今日の糧

マルコ福音書 11620

「マルコ福音書のイエス (6)~人を見る目があるということ」 三上 章 師

 イエスは,青森県の人が自分の故郷を青い森の県と呼んでいつくしむように、ガリラヤをいつくしんだ。青森県人にとって十和田湖が心の湖であるように、イエスにとってはガリラヤ湖が心の湖であった。先日、町内会の支笏湖・丸駒温泉日帰りツアーに参加したが、宴会場の大きなガラス窓から見る支笏湖と駒ケ岳は絶景であった。地元の支笏湖漁業組合の人たちにとって、支笏湖は景観の場というよりは生業の場である。支笏湖で育てたヒメマスの捕獲によって、生計を立てている。同じように,ガリラヤ湖の周辺の人々にとって、ガリラヤ湖は漁業によって生計を立てるため汗水たらして働く勤労の場であった。

 そういう意味でのガリラヤ湖は、イエスに似つかわしい場所であった。魚のにおいと魚くさい男たちは、イエスにとって働く仲間たちであった。イエスがここに来たのには目的があった。彼らの中から、福音のために自分と一緒に働く仲間をさがすためであった。それゆえ、湖のほとりを歩いていたのである。イエスの目にとまったのは、シモンとその兄弟アンドレアス、ゼベダイオスの息子イアコボスとイオアンネス(ギリシャ語の発音)の四人であった。

 イエスが彼らに目をとめたのは、さすが人を見る目があると思う。事実、彼らはすぐれた働きをすることになる。しかし人を見る目があるだけでは人はついてこない。呼びかける必要がある。呼びかければついてくるのかというと、そうとはかぎらない。

 呼ばれた人は、いやだと言うこともできるし,無視することもできる。そう考えると,呼ばれた人の積極的な応答が重要である。一方は呼びかける、他方はそれに答える。仏教でいう啐啄同時(時)」(中国の仏典『碧巌録第十六則』)である。「」とは内側からヒナが殻をつつくこと、「啄」とは外から親鳥がつつくこと。この二つがピッタリ合ったとき(=同機の時)、新しいいのちが誕生する。

これをわかりやすく表した詩がある。

  時ハキタ    サア出タイ。

  ヒナハ内カラ  殻ヲタタク。

      ト。

  時ハキタ サア出テオイデ。

  オヤドリハ外カラ  殻ヲタタク。

   啄 啄 啄 ト。

 私は新しい世界に出ていきたいが、自分には力がたりない。

しかしそこにイエスがいる。そして言う。

「私にまかせなさい。外に出してあげよう」。


                   

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 礼拝の後は 特別講演会がありました。

講師は 酪農学園大学 義平大樹 教授でした。

義平先生は、障がい者が活躍する場の

確保と農業担い手拡大の両立を目指す

農 福連携に取り組まれており、収穫さ

れたライ麦を使ったお菓子 の販売に至

るまで、 NPO 法人などと連携して取り組ま

れています。ご自身もクリスチャンです。


        感謝と笑顔と美味しい食事一杯の主の日です。




# by hiraoka-joyful | 2019-10-27 14:40 | トピックス  

10月20日19年今日の糧

詩編130

「待つことは希望すること」  日髙龍子姉

詩人は「わたしがいる」と名乗る神のもとに赦しがあるといいます。なぜでしょう。

神の赦しは、ご赦免ではない。無罪放免ではありません。正しく生きることができない者たちが、正しい人として生まれ変わることでもない。

 例えばゴミ屋敷のことを考えてみよう。

 ゴミ出しには、地方自治体によって細かいルールがあり場所もあり、時間もあり、場所も決まっている。

しかしこのルールを守れなくなる事もある

例えば、身体の不調、朝早く起きることが出来ない、様々な理由でゴミが出せなくなる事がある。

するとそのごみの中で、ストレスを抱えながら生活する羽目になる。

 ところが誰かがそれをちゃんと仕分けして、片付け、さらに掃除をして、いい匂いのする部屋にしたらどうだろう。それは汚かった部屋をすべて壊して、新しく立て直したわけでない。

同じ部屋、同じ空間なのに、安らぎが生まれる。しかも埃が取り払われた大切な物や思い出深いものが、ちゃんとあるべき場所に置かれている。

 それが、わたしがいると存在する神が行ってくださる赦しではないかと考えます。一人一人が生きてきた日々をすべて否定するのでなく、今の日々を我慢できないものと考えるのでもない。

 「わたしがいる」と言う名前で、私たちに向き合う神が、私たちが生きてきた日々に丁寧にかかわり、今生きている日々の中に働いて、私たちの人生が埃まみれ、ゴミだらけにならないようにしてくださり、その日の感謝と、その日の喜びを与えてくださるのです。

「赦しはアドナイとともにある」

もはやわたしの命は、魂はこの方の存在を確認するためにあると詩人は歌います。

この歌は見えない暗闇の中で、夜明けを待つように、まだ来ていない神を待っている歌ではありません。神はもう私たちの傍らに来ている。詩人はそう歌っています。

朝が来ればと、時間の過ぎてゆくのを待つ。私たちの人生においてそのような日々は多い。

しかし時間が解決することだけではありません。夜明けの見えない状況。ますます闇が深くなってゆくような絶望感が私たちを支配する事があります。

詩人もそのような絶望感を味わった。だからこそ、この人は、わたしがいるとそばにいてくれる方を見いだした時に、その暗闇の中ですら安心しました。このような暗闇の中でも希望を見つけたのです。

 助けてくれる方、私たちの苦境を瞬時に理解し解決の道筋をつけてくれる方は、本当にありがたい存在です。

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今日は日髙龍子姉の宣教でした。カナダから、広島から東京から

兄弟姉妹が来て下いました。また食事やお菓子が豊かに与えられました

美味しく頂きました。




# by hiraoka-joyful | 2019-10-21 11:16 | トピックス  

10月13日19年今日の糧

聖 書(せいしょ) 詩編 121篇1(しょう)(せつ)~8(せつ)

宣 教(せんきょう) (つく)(ぬし)なる(かみ)はおられる 大久保法(おおくぼのり)(ゆき)執事(しつじ)


1節「どこから来るのか?」

まず、詩編作者は天を仰いで「助け」が「どこから?」と自らに問います。苦難にあるとき、一体誰か、何か私を救ってくださるものがあるのだろうかと、人のあてにならない助けを恨みながら探し求める時はあります。

2節「わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから」

詩篇の主題は、<嘆き>から<たたえ(賛美)>へ です。

「信頼せよ」が詩編全体を通じて第一の重要な思想です。

詩編150編のうち、50編は嘆き、絶望的な叫びからなっています。

挙げればきりがないのですが、例えば6編、88編等々です。

1節から2節の自問自答に詩編の典型が見られます。1節で嘆き、疑問をもってうめいたものの、すぐに「天地を造られた主のもとから」助けは必ず来るに違いないと強く自らに言い聞かせ、また人々に宣言し、証しするのです。

絶対的な確信を得られていないまでも、「で、なければやってられない」との思いも含んでいると私は思います。

わたしたちが山を見上げるのは、はるか彼方の遠い存在の神様を諦めて見上げるのではないのです。山の彼方からいつも私たちを見守り助けを与えて下さる神様を信じて、期待して、待ち望みながら山々を仰ぎ見るのです。山々を仰ぐということは、別な言葉で言いますと、山さえも包み込む大きな存在の神様を礼拝するということを意味していると思います。見ずして信じる信仰です。

神様は希望を失い、天幕の中に閉じこもっていたアブラハムを外に連れ出し、「目を上げて、空の星を見なさい」と言われました。アブラハムは、暗闇の中にちりばめられている数え切れないほど多くの小さな光を見ました。その光が失望した心に再び灯りをともす心の光となり、アブラハムは主を信じたのです。

3節 見守ってくださる

この詩編の中にキーワードとして何度も繰り返されている言葉があります。それは「主は私たちを見守る方」だということです。「見守る」という言葉は、合計6回出ております。そ

8節 立つのも帰るのも見守る主

いろんな困難や悩みや問題で、行き詰まってしまう時があります。不安と恐れにかられて、地に足が付かなくなる時があります。それでも、主はいつも私たちを見守っていて下さいます。

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       大久保執事の版画はこのブログ内で見ることが出来ます
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               美味しそうなそばですね


# by hiraoka-joyful | 2019-10-13 14:04 | トピックス  

10月6日19年子ども祝福礼拝今日の糧

テーマ: 「思い煩うのはやめなさい」

聖 句: フィリピの信徒への手紙4章4~7節  三ツ木 芳夫師



 4節の主において常に喜びなさい。の御言は、見ているだけで、心をハッピーな思いにする。

しかし、今朝は6節の「思い煩うのをやめなさい。」から、いかに私たちが思い煩いの生活で苦しんでいるか、そして聖書はどのような解決の道を示しているのかをともに考えていきたい。

 どんなに思い煩っても、自分や家族や知り合いたちがかかえる問題は解決しない。

 聖書は「思い煩うな」と説く。

とはいえ、自分が抱えている問題を思うとどうしてよいかわからなくなる。そうした心の状態にならないように、聖書の御言にすがるのだが……。

 使徒パウロも思い煩うことは多々あったと思う。

しかし、そうした中で「思い煩うのをやめるのだ」とひとこと。そのパウロが語る言葉の原点に触れていきたい。

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今日は子ども祝福礼拝でした。沢山の子ども達の笑い声がありました。

たわわに実ったブドウを摘みました。


# by hiraoka-joyful | 2019-10-06 21:12 | トピックス  

9月29日19年今日の糧

今日は賛美礼拝でした。

カナダ宣教からお帰りになった、、三ツ木芳夫先生、朋世姉妹の証ききました。

全ての場面でご夫妻を守られた 主なる神に感謝します。ハレルヤ


主日礼拝プログラム 

前奏   



祈祷

今月の讃美歌 ♪満たせ宮を

主の祈り

讃美歌  ♪いつも喜んでいなさい

     ♪新生388主よ わが心に

特別讃美 ♪人生の海の嵐に       横矢光世姉、大久保法幸兄

聖書   使徒 16章9節

お証し 「カナダ宣教奉仕の旅を終えて(1)」  三ツ木朋代姉

お証し 「カナダ宣教奉仕の旅を終えて(2) 三ツ木芳夫先生

特別讃美 ♪歌う旅人           三ツ木芳夫先生

讃美歌  ♪新生384 語り伝えよ神のみ言葉 1,2

献金

讃美歌  ♪新生384           3

祝祷

後奏


                  

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                   特別賛美の様子


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 ほっと暖まる賛美と証のあとに、暖かい麺を


# by hiraoka-joyful | 2019-09-29 14:39 | トピックス